2010/12/23

Movie of the Year 2010

 昨年に比べて半分も映画を観ていない上に,昨年の「Before Sunrise」と「Before Sunset」が圧倒的だったので,どうしても今年の一本を決めるのが難しい.結局,選んだ映画もニアミスの首位といった感じで,特に上位三作は明日にも入れ替わるかも知れないといった具合だ.しかし,本数が少ない割にそこそこ前評判や予告なんかを踏まえて観た映画が多いので,大ハズレは少なく,平均点としては昨年を大きく上回っていると思う.尚,ついついレビューを書くのが遅れてしまって,Top 10に選んだ映画は殆どここに載せていないものになってしまったけれど,今年も60本くらいは観られているので悪しからず.

【Movie of the Year 2010】

ずっとあなたを愛してる [DVD]
角川映画 (2010-09-09)
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 京都シネマで観たフランス映画.安楽死という賛否両論あるテーマを題材にしているので,好き嫌いが分かれるのは仕方ないけれど,テーマそのものよりとにかくKristin Scott Thomasの存在感がずば抜けている.妹役のElsa Zylbersteinはじめ,キャスト全員,大味ではないけれどとても脚本もとてもいい.京都シネマにはマイナーな映画を観にちょくちょく足を運んでいたので,この映画は予告編で知ったもの.だから,主人公のジュリエットが息子を殺した罪で服役していたことは観る前から知っていたのだけれど,改めて観直してみると,こういった過去が明かされていく過程もとても丁寧かつ自然に描かれている.予告を見ずに観ていたら,最初からもっと高評価だったかも知れない.
 この映画で唯一ピンと来なかった音楽も,改めて見直してみたら全然違和感を感じなかった(実はTSUTAYAで大々的にレンタルされるなんて思わなかったものだからDVDも予約購入した).多分,映画館の音響のせいでギターが耳障りに感じただけなんだろう.そんなわけで,元々今年のTop 10は間違いないだろうと思ってはいたものの,DVDで観直してみたらもう一歩引き込まれてしまって,今年のベスト作品に選ばせて貰った次第だ.

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【Top 10 Movies 2010】
  • The Usual Suspects(ユージュアル・サスペクツ)(1995)
  • Dead Poet Society(いまを生きる)(1989)
  • Brave Heart(ブレイブハート)(1995)
  • Le Concert(オーケストラ!)(2009)
  • PARIS(パリ)(2008)
  • L'Heure d'été(夏時間の庭)(2008)
  • Pride & Prejudice(プライドと偏見)(2005)
 実に6作が非アメリカ映画!今年は,アメリカ映画以外の映画を積極的に観た一年.そもそも今のハリウッドで受けそうなド派手な映画はあまり趣味ではなくて,脚本やテーマ性に重きをおいた映画がいいので,フランス映画やイギリス映画の方が合っているのだと思う.
 一つ一つをざっくりコメントしていくと,「Into The Wild(イントゥ・ザ・ワイルド)」は価値観がストライクど真ん中の作品.ドキュメンタリー的な仕立ての映画で,自分が日々感じている疑問の一つを共有できた作品.多くの人に一度は観て貰いたい映画だった.この映画は,会社の同僚から紹介されて観たもの.紹介してくれた同僚(女性)は,好きな映画が「Before Sunrise」「Before Sunset」「Stand by Me」という奇跡的なチョイスの人で,「Into The Wild(イントゥ・ザ・ワイルド)」と「Pride & Prejudice(プライドと偏見)」はこれらと並ぶ彼女のイチオシ作品.どちらもとてもいい映画で,薦めて貰ってとても良かったのだけれど,映画の趣味は運命的なまでに合致しているのに他……いや,とにかく,映画の趣味が合っているからといって相性がいいとは限らないということだ(笑).
 「Hotel Rwanda(ホテル・ルワンダ)」はルワンダ紛争を描いた作品.描かれているテーマも主人公の人間性も(必ずしも善意で動き始めたわけではないところなども),「Schindler's List(シンドラーのリスト)」に通じるものがあるけれど,政治的な宣言の匂いがしないこと,一般的に認知度の低い出来事を扱っていること(自分が無知だっただけでもあるのだが)などを考慮すれば,こちらの作品の方が圧倒的に好きな映画.ここまで挙げた三つの映画は,どれも同じくらいにいい映画だった.ストーリーや映像,演技も然ることながら,エンディングの明るい選曲がとても印象的だった.
 「The Usual Suspects(ユージュアル・サスペクツ)」と「Dead Poet Society(いまを生きる)」「Brave Heart(ブレイブハート)」は今年の年明けに観た作品.どれも前評判が高いことは知っていたけれど,期待を裏切らない傑作だった.中身を全く知らないで観たのが良かった.「Le Concert(オーケストラ!)」はMélanie Laurentは勿論ステキなのだけれど,主演のAleksej Guśkowの存在感が素晴らしい.演技力という点で言えば,Kristin Scott Thomasに次ぐ名演だったと思う.コメディの要素が大きい作品ながら,クライマックスでのTchaikovskyは素晴らしかった.「PARIS(パリ)」と「L'Heure d'été(夏時間の庭)」はどちらも2008年のフランス映画.前者は,「Le Concert(オーケストラ!)」のMélanie Laurentが観たくて観た映画.フランスの御洒落さが憎らしいくらい滲んだ群像劇だった.後者は,オルセー美術館の開館20周年記念で作られた作品.小道具に実際のオルセーコレクションが登場していることが売りらしいのだが,そんなものが無くても美術ファンには十分得るものがある映画だと思う.美術館に飾られている名画や芸術品,それらがどういう“人生”を歩んで来たのか.この映画を観たあとで美術館を訪れると,絵に対する見方が少し変わる.「Pride & Prejudice(プライドと偏見)」は既に書いたとおり,同僚に薦められたもの.

 今年は観た映画をこの備忘録に書き留めることに時間を割かなかったので,ここに挙げた映画のレビューも,それ以外の作品たちも,あまり時間が経ってしまったものは適宜観直すなどしつつ,時間を見つけて少しずつ書きためていければと思う.

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 今年のベストを決めるにあたって,「Il ya long temps que je t'aime(ずっとあなたを愛してる)」「Into The Wild(イントゥ・ザ・ワイルド)」「Hotel Rwanda(ホテル・ルワンダ)」の三つで迷ったので,期待を込めていわゆる今年大ヒットした作品を年末にまとめて観たのだけれど,Top 10に食い込むほどの作品ではなかった.特筆すると,「Inception(インセプション)」についてはそもそもCGがあまり好きではない上に,別にテーマもコンセプトも新しくはないし,同じカテゴリならアニメの「攻殻機動隊」や「パプリカ」の方が遥かにしっかりしていると思う.そして何より期待はずれだったのが「Toy Story 3(トイ・ストーリー3)」.悪い映画ではないけれど,あそこまで大絶賛されるストーリーじゃないと思う.最初の15分と最後の5分以外は個人的にはマンネリ.あのエンディングにつなげるならもっと幾らでも緻密な構成が出来ただろうに!成長したアンディのおもちゃとの別れという,大人向けのテーマを持っていたはずなのに,物語の大半は子供向けに作られた感じ.大絶賛され過ぎて,期待度がかなり高かっただけに残念.ついでにPixar系のCGIが好きじゃないのも,この映画を手放しで絶賛できない大きな理由の一つ.

 一方,来年日本で公開される映画には期待の作品が多い.「Social network」,「The King's Speech」,「The Way Back」,「Black Swan」……etc..これ以上情報を入れないで観にいこうと思っているのだけれど,今聞いている感じだと,今年のヒット作品群とは少し違った展開を見せてくれそう.監督の顔ぶれを見ても,期待して良さそうな作品が多い.というわけで,来年もいい映画に出逢えますように!

2010/12/12

Book of the Year 2010

 今年はいい本との出逢いがきっかけで,学生時代以上に小説を読んだ一年だった.と言っても30冊とか40冊とかその程度でしかないけれど,社会人一年目で生活の変化や適応に追われる中ではまずまずの及第点だと思う.きちんと数えた訳ではないけれど,専門書やビジネス書も入れたら60冊70冊はあるのではないかと思う.まだレビューを書いていない本も実は沢山あるのだけれど,それらはまた時間のあるときに書くことにして,取り敢えずはこの一年の「Book of the Year 2010」と,各ジャンルでのイチオシの本を書き留めておこう.

【Book of the Year 2010】

スコーレNo.4 (光文社文庫)
宮下 奈都
光文社
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 全てはここから始まった.6月,「久々に小説でも読んでみようかな」と,新宿の紀伊国屋で偶然手に取った一冊.作者の名前も知らないし,タイトルも聞いたことが無い.「かつて少女だったあなたへ」という帯の謳い文句に惹かれたわけでもなく,まさに気紛れという言葉以外に適当な言葉が見つからない.帰って何となく読み始めたら,翌日の仕事のことなんて忘れてあっという間に読み終わってしまった.結局,半年間で3回も読んでしまった.一つ一つの言葉の選び方がとても美しい.そこに描かれる感性や価値観は,オーダーメイドされた靴みたいに自然にしっくりフィットする.親友であり,恋人のような一冊だった.
 結局,ここからスタートして宮下奈都さんの著書は,最新刊も含めすべて読んだ.そのどれもが素晴らしく良かったけれど,作品としての質に最初の一冊としてのインパクトも加わって,この作品が宮下作品の中でも頭三つくらい上を行っているといったところ.既刊の本は読み終えてしまったので,それらをまた読み返しながら,宮下奈都さんの次の作品を心待ちしたい.

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【文芸】
ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)
サリンジャー
新潮社
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 小説では,宮下奈都さんの独壇場.『スコーレNo.4』に次いで良かったのは,『遠くの声に耳を澄ませて』.宮下作品のパターンの一つらしい,短編集と 言う名の長編小説なのだけれど,個別の短編で言えば,「どこにでも猫がいる」は『スコーレNo.4』の上を行く短編だったと思う.
 そういう中 で,唯一同じオーダーにあったのが,吉田篤弘さんの『それからはスープのことばかり考えて暮らした』.実は,この本は『スコーレNo.4』を読んだ直後 に,感性にまかせて買った本で,このときの自分の研ぎ澄まされた直感が恐ろしくもある.実は,吉田篤弘さんの本はまだ読んでいない本が沢山あるので,来年 上期は彼の作品を読むところから始めてみようと思っている.
 サリンジャーは,村上春樹の『ノルウェイの森』を読み返したことがきっかけでふと読み返した.『ライ麦畑でつかまえて』は野崎訳(今年読み返した)も村上訳もそれほど違わなかったし,相変わらず好きになれなかったのだけれど,ふと思い立って『ナイン・ストーリーズ』に手を広げたら抜群に面白かった.特にインパクトがあったのが,「笑い男」.世界的に知られる日本アニメの至宝の一つ,「攻殻機動隊 S.A.C.」でもモチーフにされている作品だけれど,それを抜きにしても,サリンジャーの不気味な魅力を理解するに十分な短編だったと思う.

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【自然科学】
  • 伊庭幸人ほか 『計算統計Ⅱ マルコフ連鎖モンテカルロ法とその周辺』
計算統計 2 マルコフ連鎖モンテカルロ法とその周辺 (統計科学のフロンティア)
伊庭 幸人 種村 正美
岩波書店
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 仕事の関連で,MCMC(マルコフ連鎖モンテカルロ法)が必要そうだったので,早い段階で自分で読んでおいた本.ある分布を仮定してモデルを構築する数学的な方法よりもしっくり来るし,物理や計算機に近い自分としてはとても大きな武器になりそう.
 実際のところ,現場で正規分布で妥協できる局面なんてほとんど無い,というのが実際に仕事を始めてみたところの印象.かといって,LevyやScale-freeから理論を構築するのが得策かというと,理論は複雑になるし,それらが必ずしも正規分布に比べて優れた再現性を持っているわけでもない.と言うわけで,実データから分布を再現するのが一番実用性に長けているように見える.実際に必要に迫られたら,適宜読み返したいところ.

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【人文科学】
  • スコット・パタースン 『ザ・クオンツ 世界経済を破壊した天才たち』
ザ・クオンツ  世界経済を破壊した天才たち
スコット・パタースン
角川書店(角川グループパブリッシング)
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 人文科学というには違う(寧ろ背景にあるのは今年読んだ本のどれよりもグロテスクな数学)けれど,職業柄,小説に分類したくもないのであえての選択.ただ,ジャンル問わずなら今年読んだ本の中ではベスト3に入る一冊.投資銀行のクオンツたちがいかなる方法・ロジックでリターンを追及し,そこにどのような盲点があったのか,それぞれの局面,ファンドでの話が盛り沢山に詰め込まれている.話の展開そのものも面白いし,読む人が読めば得るものも多い.

 投資銀行関連の本では,今年の下半期で読みたい本が沢山出版された.『リーマンショック・コンフィデンシャル』,『ゴールドマン・サックス』然り.これらには未だ手を付けられていないので,少しずつ読み進めて行こうと思う.

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【コミック】
  • 椎名軽穂 『君に届け』

 人に紹介されて読み始めたら一気に最新刊まで到達.高校生のピュアな恋愛模様が人気の大ヒットコミックだけれど,個人的には親友との友情模様の描かれた2巻がストライク.特徴的なキャラクターや設定があるわけではないし,絶対的な魅力があるわけではないと思うのだけれど,それでも尚,これだけこの作品がヒットしているところを見ると,今の若い人たちが結局のところ何を求めているのか,現実とのジレンマが分かるような気がする.

2010/11/03

バルビゾンから贈りもの―至高なる風景の輝き

 府中市美術館で開催されている「バルビゾンから贈りもの―至高なる風景の輝き」へ.ローカルな美術館ながらも開館10周年記念ということもあってか,バルビゾン派のファンとしては見逃せない企画展.行くタイミングを探っていたところで,文化の日という絶妙のアートデーをチョイスした.

 あまり期待はしていなかったものの,実際,バルビゾン派の作品が目白押しというわけではなく,バルビゾン派の画家達のマイナーな作品が数十点ほど集められている程度.その分,バルビゾン派の影響を受けた日本の洋画家達の作品も同程度集められていて,全体のボリュームとしては大きな美術館の企画展と同じかそれ以上となっている.

 美術館の照明がいまひとつ活きず,ただでさえ暗いバルビゾン派の作品群がより一層暗く観えてしまっていたのが残念だったのと,バルビゾン派のイメージの一つを「夕暮れ」として捉えているのは少し違うかなという気がしないでもない.

 ただ,集められていた作品そのものはとてもいい.特に,MilletやCorot,Rousseauといった大御所の作品以上に,バルビゾン派の影響を受けた日本人画家達の作品群が抜群に良かった.
 中でも,小山正太郎と浅井忠の作品は,バルビゾン派のコンセプトを確実に日本流に汲み込んでいるだけではなく,卓抜した画力と構成力が注ぎ込まれた傑作ぞろい.小山正太郎「秋景図」,浅井忠「収穫」あたりは,今回の企画展の中でも本家バルビゾン派以上に印象に残った作品.小山正太郎あたりは,武士出身の画家であるにも関わらず,農村の姿をあらわそうとしたというあたりも,色々考えさせられるポイントでもある.

 電車でもなかなか宣伝を見かけないマイナーな美術展ではあるけれども,バルビゾン派のファンならば意外な発見があるように思う.そもそも,バルビゾン派のコンセプトは,農村・農民の社会だった近代の日本の風景と相性がいいのだろう.今回の美術展で,その近さが実感できたのは良かったと思う.

第42回 日展

 第42回日本美術展覧会.先日,六本木でゴッホ展と併せて行って来た.台風の中ということもあって,来客数は多くなく,快適に観て回れた.9月の二科展と比べて作品数も少なめで,体力的にも余裕あり.

 さて,こちらの日展.
 二科展のときには,平均的にはあまり好みの作品が無く,ときどきパルスのように好みの作品がある,といった感じだったけれど,こちらの日展は正直,ほとんど外れが無かったといっていい.特に,洋画部門ではどの作品も一枚一枚じっくり時間をかけてみたいと思うような作品ばかりだった.ゴッホ展よりも遥かにインスピレーションを刺激される展覧会だ.

 いい作品が多過ぎて絵葉書には収まりきらないので,図録を買って帰ろうとしたら,図録に掲載されているのは審査員や会員の作品と,特別賞の受賞作品のみ.一般の入選作品は掲載されていない.一般の入選作品こそ手元に残しておきたいものが多かったので,あまりに残念だった.絵葉書になっている作品も多くはなく(よく分からないのだけれど絵葉書も書いた本人が基本的には実費で作成するもののよう),あまりに多くの一期一会となってしまった.

 現代だけにモダンアート,という先入観がはびこっているけれども,今の世も,古典的な日本画,洋画の手法を踏襲して,感性を絵に注ぐ人たちがいる.そういった人達の多くは後世に名を残すわけでもないだろうし,実際,過去の日本人画家たちでさえ世に広く名前を知られている人は少ない.やっぱり,展覧会の絵は一期一会だ.
 だからこそ,身近でもある.絵を描いたり観たりすることは,日常の一ページとしてごくごく自然にそこにあるもので,それは丁度,旅先で出逢った人から知らない話を聞いたり,新たな知見を与えられたりするのに似て,普段見逃しているものに気付かせてくれもすると思う.

2010/10/31

赤毛のアン

 劇団四季ミュージカル「赤毛のアン」.千秋楽ギリギリ滑り込みで鑑賞.千秋楽を観られればベストだったのだけれど,予定も入っていたしいい席も取れなかったので却って良かったと思う.
 本当は,新しく出来た大井町の「美女と野獣」を先に見たかったのだけれど,こちらの方こそいい席はかなり先まで満席.また時間を置いて調整しよう.

 というわけで観て来た「赤毛のアン」だったのだけれど,期待以上に面白かった!と言うのは,何よりダンスが物凄い.動きの緻密さも,激しさも,最早「ライオンキング」より断然上でしょう.四季の子役さんは(下手をしたら大人以上に)役者な子が多いけれど,子役がいないほうがダンスのバランス感覚や統一感を出せるのかも知れない,というのは昨年末の「コーラライン」を思い出した上での感想.とにかく,ダンスが観ていて痛快で素晴らしい!
 加えて,勿論,歌や役者さんもGood.特に主演の笠松はるさん.声量が求められる舞台演劇であれだけ繊細に声色を使い分けられるというのが流石.歌も素晴らしいし,綺麗だし,言うことないや.前回の「サウンド・オブ・ミュージック」では井上智恵さんの舞台だったのだけれど,この人でもう一度「サウンド・オブ・ミュージック」を観てみたい.

 脚本に関しては最後の方をもう少し濃密に,なんて欲がない訳ではないけれど,時間との兼ね合いもあるかな.ともあれ,千秋楽よりもっと前に一度行っていれば,間違いなくリピーターしたのになぁと思うと残念で仕方が無い.また東京に来るのを気長に待つことにしよう.

 仕事のほうも軌道に乗って時間が作りやすくなる(また12月にかけて忙しくなるかも知れないけど)ところで,演目がガラリと変わるシーズンに突入.この年末から来春にかけては,お財布の許す限りで四季はじめ演劇づくりのシーズンに出来たらいいなと密かに期待している.

没後120年ゴッホ展―こうして私はゴッホになった

 六本木の新美術館で開催されているゴッホ展.開催早々に出掛けるつもりでいたのに,今月は思わぬ仕事ラッシュでなかなか行けず,やっとのことで来訪.大混雑という話を聞いていたのだけれど,台風直撃の中だったせいか,思ったほどには混んでおらず(それでも関西の企画展に比べれば大盛況だけれど),そこそこ自由に見て回れたので大満足.
 とは言え,実を言うと別に個人的にはGoghに思い入れがあるわけでもないし,あまり期待もしていなかった.更に言えば,Goghについては,第一に,一昨年ウィーンのアルベルティーナ宮殿で全欧的なGogh展を観ていること,第二に,来年オランダを訪れる予定であること,などを理由にこの美術展に固執する理由があまり無いというのが正直なところだ.実際,普段は必ず買っている絵葉書や図録も,今回は買わず仕舞いだった.

 とは言え,収穫がなかった訳では全くない.というのは,Goghが影響を受けた画家達の作品や,その比較の展示が非常に充実していたからだ.その代表格は,何と言ってもJean Francois Millet.先週,山梨でMilletコレクションを久々に見たばかりだったこともあり,MilletとGoghの近さを生々しく感じることが出来た.Goghの絵画は基本的に我流で,Milletらの作品を模写,派生するところから学んだ模様.後々,より多くの画家から影響を受け,鮮やかな色彩と荒々しいタッチの作風が確立されているのだけれど,個人的にはまだMilletらの作品から学ぶか学ばないかという若かりし日の暗い色彩のGoghの作品の方がとても好きだと思った.

 又,同じく後々で影響を与えた画家の一人としてMonetの絵が二点展示されていたのだけれど,このうちの一点「Vetheuil」が,Goghとは無関係に非常にストライク.「ストラスブール美術館展」以来気に入ってしまっているピンクの色彩が,絶妙なタッチと割合で描かれている.空は勿論のこと,草原や木々にまで広がるピンクの色彩がどれだけ絵を明るいものにしているか.この絵は,今年観た絵画の中でも五本の指に入れてもいいくらいに気に入った作品.

 そんな訳で,Goghについてはまずまず良い準備運動が出来たので,来年予定しているオランダ紀行の際には,是非とも本家のVGMにお邪魔させて頂きたいと思うし,来年は時間的に難しいだろうけれど,いずれは南仏のアルルにも行ってみたいと思いを膨らませる.

山梨県立美術館

 山梨県は甲府市にある山梨県立美術館.見過ごされがちな地方美術館の一つではあるが,常設展のコレクションでは国内最高クラスだと思う.というのは,地方美術館には珍しく「Milletコレクション」というテーマ性を持って作品が集められており,国内随一のMilletの作品群を誇る美術館となっているからだ.
 かく言う自分も訪れるのは久し振りのこと.実家から自動車で一時間強というところにありながら,長いこと京都で過ごしていたので,なかなか訪れる機会もなかった.訪れてみると,以前には無かった作品が追加されていたり,作品の修復が為されていたりと,以前より一層充実度が増したように思う.

 「Pauline-Virginie Onoの肖像」は久し振りに観たかった作品の一つ.Mona Lisaに似た印象を感じさせる一枚だったように覚えていたけれど,久し振りに観てみると意外とタッチや色遣いが荒かった.また,この美術館で一番の売りにしているのが,Milletの名作「種をまく人」.こちらは同じ構図の絵が二枚現存していて,一枚は山梨に,一枚はボストン美術館に所蔵されている.ボストン美術館の一枚は,この春に六本木の「ボストン美術館展」で来日していたのでその時に見ているけれども,半年を経て見比べてみると,やっぱりボストンの方が完成版かなといった印象.タッチや構図がボストンの方が繊細に描かれているように思う.全体的に,Milletの作品群には昔見たときほどの衝撃を感じなかったというのが正直なところ.

 一方で,同じバルビゾン派のCorotの作品は相変わらず光る.この美術館に所蔵されている「大農園」もその一つ.Milletの関連でバルビゾンの資料も沢山展示されているので,それを見た上でCorotを見るとまた面白い.尤も,この「大農園」についてはパリ郊外を描いた作品のようなので,直接バルビゾンとは関係ないのだが.
 加えて目に付いたのは,藤田嗣治のエッチングの肖像画.この肖像画,構図こそ違うものの,藤田の表情といい猫の表情といい,現在「ウフィツィ美術館自画像コレクション」で来日している藤田の肖像画の画稿に間違いない.

 そんな訳で,この美術館を訪れて以来,地方美術館も侮らずにこまめにまわって来たつもりではあるのだけれど,未だに山梨県立美術館以上にコレクションの豊富な美術館には出会えていないように思う.

2010/10/27

伊吹有喜『四十九日のレシピ』

四十九日のレシピ
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伊吹有喜
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 Amazonで「宮下奈都」と検索すると,どういう訳か候補にヒットするこの作品.Amazonの評価も高そうだったので,これまただいぶ前にジャケ買いしておきながら,つい先月まで読まずに放置していた一冊.丁度一ヶ月くらい前に読んでいた本がどうも自分には合わず,なかなかページが進まなくなってしまったので気晴らしに読み始めたら,夜更かしをして一夜で読み終えてしまった.翌日,仕事にまで支障をきたしてしまったというのはここだけの話.

 恐らく,宮下さんの作品を買っているユーザーの何人かがこの本を買っていて,それが商品リストにあがるからヒットするのだと思うけれど,宮下作品とは世界観や作風こそ違うものの,期待以上の一冊だった.これを書いている時点で伊吹さんの作品はもう一冊読み終えている(今のところ二冊しか出版されていない模様)けれど,伊吹有喜さんの小説にも,純粋さや優しさの中に伊吹流の強烈な個性が色濃く出ていて,一度ファンになったら止まらなくなりそうな,いい意味での中毒性がある.宮下奈都さんのあとに読んだのがあまりにも惜しい.

 作品は,とある家族のストーリー.再婚した妻に先立たれた夫とその娘の,家族愛や自身の葛藤が描かれる.亡くなった妻,義母の,教え子と名乗る女性が突然あらわれ,奇妙な付き合いを続けていく中でおぼろげだった妻,義母のくっきりとした輪郭が浮かび上がっていく.家庭での生き方を何一つ知らない夫,夫婦関係に問題を抱える娘.その妻,義母が残した「四十九日のレシピ」を頼りに生活をしてみることで,少しずつ答えが見えてくる.
 伊吹さんの作風のようだが,ストーリーの視点が夫と娘とで交互に変わっていくのが面白い.章ごと,段落ごとにバトンタッチする主観は,まるで二人の対話のようでもあり,しかし二人の思いがなかなか溶け合いきらないところを見ると,寧ろ先立った妻であり母である人を理由にお互いを探り合っているようでもある.

 言葉の選び方やモチーフが洗練されているというわけではないし,必ずしも純粋な話題ばかりを扱っているわけではないけれど,世にありふれている安っぽい恋愛小説や家族小説とは確実に一線を画した,暖かさがある.
 家族とは何か.幸せとは何か.自分は何のために生きていて,誰とどのようにつながっているのか.登場人物たちに感情移入していく中で,いつの間にか自問自答して,言葉には出来ないまでも読み終える頃にはおぼろげに答えが胸の中で出ている.宮下作品が一人ひとりの中に眠るオンリーワンを気づかせるものだとしたら,伊吹さんのこの小説は,一人ひとりにとってのアナザーワンの存在を気付かせる愛にあふれたものであるように思う.

渡辺剛セッション feat. 折笠富美子

  • 渡辺剛セッション feat. 折笠富美子
 折笠富美子さんの直近2枚のアルバムのプロデュースをされている渡辺剛さんが,折笠ライブを企画.ファンとして見逃せるはずもなく,ベストポジションで席を手配した.にもかかわらず,不可避の仕事でまさかの遅刻.いっそ仕事を辞めてやろうかという気持ちを抑えつつ,社会人の哀しさを知る.尤も,この日の仕事は例外中の例外なので,今後同じようなバッティングがあったときにはもう少し自由に帰宅時間や半日休暇は調整出来るので,今回だけは泣く泣く我慢.
 それはさておき,折笠富美子さんの実質単独ライブ!折笠さんの生歌の上手さは昨年の舞台「作者をせかす6人の主人公たち」で証明済み.その上,今回は3mの至近距離で生ソング.恍惚寸前で聞き入る.もう説明は要らないくらいに,上手い.歌手が本職でないのが残念でならないのだけれど,舞台に立ったら立ったで舞台俳優が本職でないのが残念に思えてしまう.
 ライブは二部構成で,丁度,第一部と第二部の間に滑り込み入場.とある掲示板によれば,前半も含めセットリストは以下の通り.

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【第一部】
01 (inst.) / 02 Garden / 03 おかっぱちゃん
04 あなたに会えてよかった(小泉今日子) / 05 夕陽の約束
06 ひとつだけ(矢野顕子) / 07 Promenade / 08 Lady Wendy

【第二部】
09 WALL FLOWER(inst.) / 10 Sentence / 11 Sweetie / 12 晨星
13 ステキな果実(コミネリサ) / 14 ひいふうみい / 15 心の輝き / 16 Tomorrow

【アンコール】
17 さらば(キンモクセイ)

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 最初のGardenが一番好きなので,知ってしまうと仕事で帰さなかった会社を呪わずにはいられない.しかしそれ以上に,カバー曲がとてつもなく良い.オノナツメ原作『リストランテ・パラディーゾ』のEDだった「ステキな果実」と,『あたしンち』のOPだった「さらば」の二曲が自分にとっては後半のメインディッシュだった.
 特に,「さらば」.アンコールの曲ということもあってか,“こんにちは”,“ありがとう”,“さよなら”,“また会いましょう”のそれぞれを表情や首の傾きで演じてしまう折笠さん,役者過ぎてこちらは心臓が止まりそう!目が合っても咄嗟に目をそらさないとその場にいられないような素敵さに,帰り道もポカポカしぱなしだった.
 やっぱり,この人はアニメ声優を本職にさせておくにはあまりにもったいない.あれだけ多彩なのだから,演劇や歌の世界でもっと活躍の場を広げて欲しいなと思いつつ,それでも今回みたいな小さなライブも定期的に開催して頂きたいなと期待してしまう.

 一方で,今回参加されていた渡辺剛さんとギターの馬場一嘉さんが想像以上に素敵で思わぬ収穫だった.特に,渡辺剛さんが思いのほかのほほんな素敵なお兄さん.ピアノの演奏もゆったりで聞き入ってしまい,12月にある彼自身のライブのほうにもついつい参加してしまいたくなっている今日この頃.

2010/09/27

佐藤多佳子『サマータイム』

サマータイム (新潮文庫)
佐藤 多佳子
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 物凄く綺麗な小説.とにかく透明感があって,青春小説というよりはある種の童話のような純白さを感じる.読み終わったときに残るのは,長距離を走り終わったあとの爽快感から疲労感をそっくり抜いたような気持ちの良さだ.

 一つの物語が,四つの短編で様々な角度から描かれる.最初の一編が言ってみればエンディングで,わかっているエンディングを追うだけの物語なのに,その一編だけではまるで見えていなかった少年少女たちの心のうちが,物語り全体を磨き上げていく.
 物語の中で一番愛らしかったのは,進でも佳奈でも広一でもなく,種田さんとセンダくん.キザくさい台詞も表現も一つもないのに,よんでいるこちらが照れてしまうような初々しさと透明感があって,自分で言うのもおこがましいけれど,そこに物凄く自分を重ねてしまったりする.

 ただ,物語は爽快で透明である.普通に読んだ本ならおなか一杯でしばらく幸福感にひたっていただろうけれど,今年はバイブル級の会心作にゴロゴロ出逢っているので,ちょっと弱過ぎたかな.小中学生の頃に読めたら良かった本かも知れない.爽快感と透明感にしても,やっぱり今年読んだほかの作品たちの幾つかの方が,更に桁違いに深いのだから.

2010/09/25

めがね (2007)

めがね(3枚組) [DVD]
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 友達の話を聞いて久し振りに邦画.もたいまさこがいい,と言われて即レンタル.最近,洋画に偏り気味(そもそも映画を見る本数が若干減ってきたということもあるけれど)だったけれど,邦画も邦画で味があっていい.スピッツ的な映画のタイトルセンスも嫌いじゃない.

 価値観と世界観が素晴らしくいい.「携帯電話の電波が届かないところに旅したかった」という主人公の動機も物凄く素敵だし,たそがれること以外に何もすることがないという時間の感覚もとてもやわらかい.何より,「なんとなく不安になってきてそこから80mくらい走ったらそこを右」なんて説明書きの地図の,微妙な感覚が物凄くいい.
 刺々しいところのある小林聡美のキャラクターも絶妙だし,そして確かに,もたいまさこが本当に渋い.ライトを点灯させて自転車をこいできたサクラさんに,自分ひとり静かに盛り上がる感じ.

 ゆっくり時の流れに身を任せるような旅も生活も,最近していないなぁと反省してしまった.全国一周を達成してからは,旅に限らず何かと海外ばかりに目を向けてしまっていたということも理由にあるかも知れない.大学をサボって鴨川で寝転んで一日過ごしてみたり,大文字に登って昔の思い出にたそがれてみたり,南の島とは行かなかったけれど,そんな学生生活の一ページをふと懐かしく思う.素敵なカフェや美味しいレストランだけじゃなくて,今度は一日たそがれられるのんびりとした隠れ家も探してみようか.

Het Nieuwe Rijksmuseum (2008)

 「Het Nieuwe Rijksmuseum(ようこそ,アムステルダム国立美術館へ)」は2008年のドキュメンタリー映画.Twitterで紹介され,渋谷のユーロスペースでギリギリ公開されていたので,気になって観にいって来た.ここ3ヶ月くらい,映画館とはご無沙汰だったので久し振りの映画館.映画館のまわりは渋谷を象徴するような下世話な通りだけれど,マイナーな映画を細々と上映しているこういう小さな映画館は味があっていい.

 さて,ドキュメンタリー映画ということでノンフィクションもノンフィクション.アムステルダム国立美術館の改修工事をめぐる問題を実際に追った映像なのだが……正直,全く事前知識無しに観ただけに衝撃が大きかった.
 アムステルダム国立美術館は,Vermeerの作品4点を擁するオランダ屈指の美術館で,実は来年の長期連休を利用して訪れようと検討していた候補の一つだった.ところが,まずこの美術館が2004年からの改修工事をめぐって様々な問題を抱え,現在に至るまで閉鎖状態にあるということを映画を観て初めて知ったのだ.

 例えば美術館の公用通路の改築が一般市民の生活に波及して問題になったり,新しく新築される棟のデザインが美術館のコンセプトに合わず議論を呼んだり,問題の渦中にあった館長が突然の辞意を表明してリーダー不在に陥ったり,建築のコンペが失敗し予算が足りなくなったりと,もう見るに耐えない混迷振り.映画を見る限りでは,それぞれの問題のどこに原因があるのかは暗に訴えられているようであり,むしろそれがこの映画の狙いの一つなのだろうけれども,にわかとはいえ美術ファンの一人としては,世界的な美術館がこんなくだらない(そう,本当にくだらない)理由で長期閉鎖を余儀なくされているなんて残念で仕方ない.芸術を政治が後押しすることは必ずしも悪いことではないと思う(むしろ効果があるなら是が非でも着手すべき)けれど,この作品を観てしまうと,お役所仕事では限界があるのかも知れないと思わざるを得ない.

 幸い,作品達の一部は別館で公開中とのことだけれども,一日も早く問題の解決を願わずにはいられない,と思った映画.

上村松園展

 大雨の中,竹橋で開催されている東京国立近代美術館へ.大雨だというのに(大雨だからこそ?)会場はそこそこの人の入りで,特に年配の方の来客が多かった印象.着物の上品な雰囲気の女性も少なからず散見される,珍しい客層だ.休みの日に美術館に来てまで窓から職場が見えるというのは何ともいえない残念な感じがするけれども,どういうわけか初来訪となったこちらの美術館は,常設展の充実度も高く,京都の国立近代美術館とはジャンルもセンスも全く違って,面白さがあった.

 さて,上村松園展.
 女性日本画家の上村松園は,京都生まれの京都育ちということもあって,京都の美術館でも割と多くの作品を見たことがある.今回は大掛かりな企画展ということで全国各地から松園の作品が集まり,以前見たことがある作品もあれば,初見の作品もあれど,年代別に彼女の作品を追っていくと作風の変化や波が見て取れて面白かった.

 30代から40代にかけての,表情に富んだ作品の評価が高いようで,今回の企画展でも「焔」あたりが目玉の一つとして話題を呼んでいた.実際,憎悪や嫉妬を感じさせる女性の表情は「焔」という題目に見事にマッチする迫力のある作品だった.
 ただ,それ以外の年代の作品が魅力に欠けるかというとむしろ逆で,個人的には初期と晩年の作品のほうが見ていて面白かった.

 まず,初期の作品(19世紀の作品)は,空白の多さと線の鋭さがとてもいい.シャープなラインで描かれた人物と,後ろに広がる無限の無地.自分がこの企画展で一番気に入った作品は,「一家団欒」という作品で,(先週のDegasと同じく),無駄に空間の空いた構図にそそられた.筆のラインのみならず,色の塗り方も,この頃の作品が一番繊細であるように思われた.

 一方,晩年の作品は確かに表情の豊かさには欠けるように見えるけれども,これ以上無いという絶妙な視線を選んでいるらしいところがいい.「らしい」というのは,実はきっと自分の偏見で,この企画展の中盤フロアで松園の下書きの展示を見たときに松園の絵の描き方を知ったに過ぎないのだけれど,一人の女性を描くとき,微妙な視線や顔の傾きを何度となく試行錯誤しているプロセスがよく分かる.その中で松園が選んだコレという表情が一枚に凝縮されていると思うと,松園の絵の一枚一枚に愛着が持てる.

 最後に,松園展を一巡して思ったのは,日本の女性は美しいなということ.近代の日本画を見ていると,いつもそう思い,現代の日本女性を勿体ないなぁと感じる.

小堀四郎と鴎外の娘

  • 小堀四郎と鴎外の娘
  • 世田谷美術館
 「ザ・コレクション・ヴィンタートゥール」の半券で同時開催されている企画展「小堀四郎と鴎外の娘」展も観られるとのことで,回って来た.小堀四郎なんて名前は初耳だったし,展示もわずかだろうと高をくくっていたら,小堀四郎というのは森鴎外の義理の息子で,展示もかなり広いフロアで展開されていた充実の企画展だった.

 欧風の油絵であまりインパクトのある作品はなかったけれど,奥さんを描いた絵はどれも温かみがあって良かった.見るものの主観も大切だけれど,描く側の主観が一番にじみ出るモチーフなんだろうと思う.
 それ以外で印象に残ったのは,蓼科を描いた風景画.蓼科の寂しい森の風景にやたらノスタルジーを感じてしまったのは,そういう季節のせいもあるだろう.半券で実質無料で入れたにしては,お得感の多い企画展だったと思う.また,奥さんの小堀杏奴も小説家として活動していたようなので,時間を見つけて彼女の小説を読んでみるのもいいだろうと思う.

2010/09/20

ザ・コレクション・ヴィンタートゥール

 本当は来週あたりで行こうかと思っていたのだけれど,横浜から歩いて帰るのに丁度沿線にあることに気がついて,寄って来た.スイスの小さな街,ヴィンタートゥールの美術館の改修に伴って欧州からまわって来た巡回展で,マイナーな企画展ながら来日している顔ぶれは豪華だ.ポスターで見かけたGoghやPicassoのみならず,RenoirにDelacroix,SisleyにDegas,更にはGauguin,Monet,世紀末ウィーンのKokoschkaなどなど.自分の好きなCorotや,そのCorotが「空の王者」と絶賛したといわれるEugène Boudinの絵が観られたのも思わぬラッキーだった.

 Corotの絵は相変わらずいい.Corotについては何度も書かせてもらっているので語り草になりつつあるけれど,木の表現と人の小ささ,筆のタッチに色の暗さ,どれもとても自分好みだ.どちらかというと今回来日していた作品は,ややタッチが粗い感じがしたけれど,名前を見る前に誰の作品だかわかるというのはファンとして嬉しいことだ.

 そして今回,初めて名前を知ったEugène Boudin.帰ってから少し調べた限りでも,期待させるものがある.空の表現も個性的でいいのだけれど,タッチもかなり好み.印象派に影響を与えた,ということだけれど,印象派とは少し違ってスケッチ風のタッチが素敵だ.油絵に似つかわしくない,爽やかさと軽さがある.そういう作風がCorotとは逆を行っていて,そういう彼の作品をCorotが支持していたというエピソードも面白みがあっていい.彼の作品,いままで意識したことはなかったけれども,これを機に少し詮索してみようかと思う.

 あと,個人的に驚いたのは建築家のLe Corbusierの絵画作品,「ヴァイオリン,骨,サン=シュルピス聖堂の構成またはバロック様式の聖堂とヴァイオリンの静物」.Le Corbusierがもともと絵を描いていた,みたいな話はどこかで聞いた記憶がある(多分大学時代の建築の講義とか)けれど,実物を観たのは初めて.ただし,正直サッパリわからない.ピカソのキュビズムはテーマもモチーフもわかるけれど,もっと視点がずれている気がする.Le Corbusierの建築を偉大だと思ったことは一度もないので,やっぱりこの人とは相性が悪いのだろうなとぼんやり思ってしまった.

ドガ展

 来週横浜に行く予定があったので,その時に時間を調整して観に行っても良かったのだけれど,最近の運動不足を解消すべく,天気も良さそうだし横浜から自宅のある都内まで歩いてみようと思い立ち,日曜日の朝一番で横浜へ.
 開館時間に合わせて横浜美術館に到着したのだけれど,観客が多くまさかの入場制限.ものの数分待たされただけで入館出来たし,館内でも不快なほどの混雑はなかったものの,まだ開催二日目でこの始末だ.帰りがけには行列もなかったので,これから出掛ける予定のある方は朝方は避けたほうが無難かも知れない.

 さて,Degas.
 街中ではこの一ヶ月ドガ展のポスターが至るところで見られたし,新聞やテレビでの取り上げ方も上々.中でも注目を集めているのが,「L’Étoile(エトワール)」と呼ばれる作品だ.宣伝の効果もあって,話題性も抜群だ.この絵の前には弥が上にも人が集まる.

 ……凄い.この作品だけ群を抜いていい.というより,他の作品で思いのほか気に入った絵が無かったというのも正直なところなのだけれど,それにしたってこの作品は格別にいい.

 まずは色彩.パステルの効果なのか,普通の油彩画とはまるで違った印象だった.灰色ベースで描かれているのに,全体的に明るい.床一面のグレーの絵の具の伸び方が,物凄く滑らかで,且つ暗さを感じさせない.光の反射度が油絵の具と違うのかも.その上に描かれた踊り子の存在感も,一つには絵の具が影響しているのだと思う.下の色が透けるような色の効果も,パステル固有の特徴とのこと.パステルの描き方についてもう少し勉強しよう.

 次に構図.踊り子を主役に据えつつ,その踊り子を絵の中心に持ってこないこの構図が個人的には抜群に好き.広い床の中に輝くように浮かび上がる踊り子の存在は勿論のこと,後ろで見守る紳士らの存在感が際立って,舞台裏のストーリーが連想される.誰かが舞台のこの瞬間を実際に見ていたとして,その中心に映るのは間違いなく踊り子だ.普通より少しだけずれたこの絵の構図には,客観性があるし,また従来何かあるはずの中心に何もないからこそ踊り子の存在感が際立つのだと思う.
 だからといって意味もなく構図をずらしているわけでもなさそうで,個人的に思い当たるのは次の二点.一つは,構図をずらすことで踊っている踊り子の動きがよりリアルに見えること.踊り子の姿勢からしても,絵の右側に遠心力が働いているように見えるのはこの構図の効果ではないか.もう一つは,縦方向の位置関係.縦方向ではあくまで踊り子を中心に据えることで,この絵の主人公が誰なのかを十分に主張している.下側にガラリとあいた空白は,踊り子の存在感を引き立てるのに十分な役を担っているように思うし,下半分を手で覆い隠してみたところで,この絵の魅力は全く無くなってしまう.

 というわけで,「L’Étoile」を観られて良かった.来週も時間を調整して,もう一度この絵だけ観にいこうかな.他の絵に関しては,デッサンが多かったのでやや物足りない感.最後のセクションのDegasの彫刻が新鮮で,却って良かったくらい.いずれにせよ,これは来年訪れようと心に決めているオルセーにますます期待が高まる.

 余談だけれども,(あくまでこの構図の良さは個人的に感じたものであるにしても)企画展の販売グッズの多くが,この踊り子の部分だけを切り取って貼り付 けたものが多かったのはとても残念に思った.ご丁寧に,踊り子が中心にくるようにトリミングされた絵葉書まで販売されていてなおも幻滅.勿論自分は,オリ ジナルの構図の絵葉書を買って帰って来た.

ウフィツィ美術館自画像コレクション

 新宿は東郷青児美術館で開催されているウフィツィ美術館の自画像コレクション.ウフィツィ美術館は世界遺産の一部にも認定されているフィレンツェの美術館(というのはこの企画展に関して調べて初めて知ったのだけれど)で,そうそうたる名画家たちの作品が収められている.今回はその中から自画像だけを選んでの企画展.美術館単位での企画展は面白みにかけるものが多いけれども,今回はプラスアルファでテーマ性もあり,そこそこ期待して参上.

 一つに自画像といっても,時代から画風から何から何まで違うのでそれぞれを個別に比較することは出来ないけれども,自画像だからこそ,画家が絵にかける思いであるとか姿勢であるとかが見え隠れしていい.時代によってはパトロンや宗教の圧力が絵に加わったりもするけれども,そういった外力が一切ないからだ.

 今回の企画展でまず自分が期待していたのは,藤田嗣治.何せ,この企画展に集結している画家たちの顔ぶれを見れば,Bernini,Rembrandt,Vigée Le Brun,Chagallと,大物ぞろい.その中で日本人の自画像が堂々と並んでいるのはとても誇らしい.個人的には,この顔ぶれの中に並ぶに相応しい大物だとは思うのだけれど.
 藤田の自画像は,彼のモチーフの象徴でもある猫とともに描かれたもので,彼自身よりも隣の猫の表情がとても個性的で好きだった.彼の特徴的な薄い色彩よりも少しインパクトが効いて,日本画的な印象を感じさせる.それで描かれた猫の表情がとても荒々しく,今回の企画展の中でも異彩を放つ存在感を持っている.

 もう一つ,個人的に目に留まったのはChagall.Chagallはただいた東京藝術大学で特別展が開催されていて,巷でも静かなブームになりつつあるけれども,藝大で観たどの作品よりも彼の自画像は,温かく,色彩が柔らかく感じられた.夜をベースに彼と妻,背景にはロシアの郷愁風景が描かれる.Chagallの特徴をすべて盛り込んだような満腹感がある.

 それ以外にも,例えば彫刻の印象の強いBerniniの自画像だとか,現在bunkamuraで開催されている企画展の目玉になっているEmile Clausだとか,或いは個人的にベルリンで通り過ぎてしまっているはずのBöcklinだとか,見所は満載.絵に興味のない人が気紛れで立ち寄っても,好きな画家が一人二人は見つかる企画展だと思う.絵の説明文に併せて,画家の代表作の絵が小さく載せられているのも小さな心遣いが効いていていい.図録に同じように載せてくれたら,図録を買っても良かったんだけどなぁ…….

2010/09/11

知ることとは愛すること―田淵行男写真展

 吉祥寺でカフェ歩きをしているときに,たまたま目に付いて入った写真展.元々,写真の知識は無いに等しいので,田淵行男さんという方の名前も知らなかった.小さな展示室に集められた田淵さんの写真は,長野県の山々の風景を冷静におさめたものだった.静かで,厳かな,アルプスの山々.安曇野の風景.京都に次いで愛して止まない長野の本質を一枚一枚に凝縮したような写真達と向き合い,気紛れで立ち寄った思いつきにセレンディピティを感じていく.山の写真意外に,帳の写真や模写といった生物や美術の心得もあるようで,この写真家の人となりがとてもよく見える写真展だった.

 印象的だったのは,彼の山に対する思いだ.彼が山を歩くとき,一人を好むのは,彼が歩くことそのものに価値を見出しているのではなく,あくまで山の自然の風景を観察することに価値を見出しているからだという.とてもよく分かる.ここ10年とか15年とかの間,或いはもう少し前から,やたらと「自然」という言葉が乱用されているが,大抵の場合は自然を再現した人工の緑であることが多い.街の並木道,自然公園,ハイキングコース.自然は,人間が手を加えた瞬間に自然でなくなる,という人もいる.キリスト教圏では,「Nature」は神が創りあげたものだけを指すから,やたらと多用するのは好ましくない,なんて話を大学受験の頃に聞いたこともある.人間も自然の産物だから,人が手を加えても自然は自然,というくらいに自分は思っているけれど,人間の足跡が少なければ少ないほど,普段見える景色とはまるで違う世界が拓けるということもある.喧騒を忘れて自然に溶け込めるということもある.

 ともあれ,そうした自然への熱い思いの痕跡が,写真と併せて展示されている彼自身の言葉を通じて伝わってくる.一言一言が,レンズの手前の撮影者の視線を映し出すようだった.

 彼の写真の安曇野やアルプスは,とても美しかった.でも,その美しい自然の長野を,自分はよく知っている.久し振りに長野に行きたくなった.うまい具合に,来月,連休が控えている.実家の車を走らせて,上高地の紅葉と,安曇野の畑,白馬の山々に身を投じてみるのもいいだろう.ついでに,安曇野アートラインや山梨の美術館を散策するのも悪くない.

2010/09/10

第95回記念二科展

 国立新美術館で開催されている二科展.こちらは全国巡業の展覧会である分,東京での公開期間は短いので時間のあるうちにと出掛けて来た.絵画だけでも作品は1000点近くに及び(一般的な企画展が100点前後であることを考えれば気の遠くなるような数字),これにほぼ同数の写真と,彫刻まで加わる.新美術館の1階から3階までを使った超大型の美術展は,例え熱烈な美術ファンだったとしても,観て回るだけで心身ともに疲弊しきってしまうスケールである.

 1000点もの作品の中で,約半分は現代アート的な難しい絵.正直なところ,よく分からない.あとで藝大の学園祭を見たときに顧みて感じたのだが,藤田嗣治の時代から続く登竜門的な展覧会ということもあって,作品達は良くも悪くも閉じているといった印象があった.中途半端でも,妥協して作品を完結させることは,こうした展覧会を目指す以上は避けられないジレンマのような気がするが,良い方向での奇抜さが感じられる作品は少なかった.
 ただ,1000点もあると逆に歴代の名画家たちの作品よりも強烈な存在感を放つ作品も幾つかある.そういうのがいい.今回の展覧会でも,何時間でも観ていられそうな絵が10枚くらいあった.残念だったのは,これだけ多くの作品が展示されながらも,絵葉書になって販売されていた作品は100点あるかないかくらいのもので,自分が気に入った作品も結局1枚しか絵葉書になっていなかった.そういうわけで,図録を買おうか悩んだものの,その値段は3500円.一枚辺り3.5円だと思えば高くはないのだろうが,この展覧会の後で藝大の学園祭と渋谷の企画展をハシゴする予定があり,少なくとも渋谷では図録を買うであろうことは目に見えていたので,我慢して結局,1枚の絵葉書だけを買って帰って来た.第94回記念の図録も併せて販売されていたので,来年また来れば,今年の図録が購入できるのではないかという淡い期待を抱く.

 余談として,絵画だけで疲れきってしまったので,ほとんど流す程度に観てきた写真と彫刻だが,実はこちらの方が素人目には見ていて面白いんじゃないかなと後になって思った.

2010/09/08

綿矢りさ『勝手にふるえてろ』

勝手にふるえてろ
勝手にふるえてろ
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綿矢 りさ
文藝春秋
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 職場の購買の本屋さんで新刊が出ているのを知って,かといって職場で買うのはやや気が引けたので帰りに別の本屋さんで買って帰る.綿矢りさと言えば芥川賞のときに読んだくらいで,特に印象に残ってる,というわけでもないのだけれど,彼女が京都出身であるということと,実は同じ1Q84年世代だということで気になる文化人の一人ではあるのだ.

 さて,そんな綿矢りさの新刊『勝手にふるえてろ』.

 主人公の女性は,いち社会人.何度か声をかけあったことのあるだけの小学校時代の初恋の人の存在を,妄想と空想の中で十年以上も温め,膨らませ,毎日を過ごしている.方や,現実世界でも出逢いがないわけではないのだけれど,肝心の相手候補はやっぱり思い出の中の初恋の人に勝てない.そんな状況の中で,彼女は泥沼の妄想に嵌り,ストーカーまがいの行動に打って出る.そこから始まる彼女の気づきと変化と諦めの物語.

 とにかく妄想の酷い,世に言うメンヘラな女性の主観で書かれた物語.気持ち悪くて,痛々しくて,そしてリアルだ.といっても,世間の多くの読者にとってはリアリティも何も無くて,ただ気持ち悪さと痛々しさしか残らないのではないかという気もする.筆者曰く,「現代の女の人の気持ちを鮮明に描いたつもり」なのだそうだが,現代の男の人であるはずの自分こそ主人公の脳内に共感できすぎて最早笑うしかない.だからリアリティというよりは,自分の内面を客観的に投射されているような滑稽さがあったというべきだろうか.

 別にこの小説でテーマになっているような恋愛問題ではなくても,妄想や空想は悪いものじゃない.そこには無限の可能性があり,人間の希望でもあり,時には生きる糧にもなるのだ.ただ,妄想や空想の種が現実の生活の中にあったなら,あまりに温めすぎるといざ現実を突きつけられたとき,ギャップが堪えるよ,という感じの小説.それでも,自分は妄想を,空想を放棄はしないだろう.妄想や空想は必ずしも毒ではないし,そういうニュアンスがこの小説からも少なからず読み取れる気はしている.これまた,都合のいい自分の妄想解釈かも知れないけれど.

2010/09/07

乾くるみ『イニシエーション・ラブ』

イニシエーション・ラブ (文春文庫)
乾 くるみ
文藝春秋
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 なにやらミステリー的な要素がある,という空気がポップアップから感じられたので,期待もせずに買った本.後で調べたら結構話題にはなっていた本らしい.

 内容的には,普通の恋愛小説.初々しさが個人的にはツボではあるものの,別に大きな話題になるほどのものでもない.ただ,読み進めていて「あれ?」と違和感を感じるところが幾つかあって,最後の最後でからくりが分かった.それまで割と綺麗な恋愛小説だと思っていたら,狡猾な黒い小説に一変して血の気が引いた.

 とは言え,本当にからくりに気付くか気付かないかのギリギリのところで何とか気付いたようなものだ.後でwebで幾つかレビューを読んでみたら,どれもさも気付くのが当たり前かのように書いてあるものだから,ひょっとしたら自分は相当注意力が弱い,ないしは散漫になっているのかも知れない.最後の2行が鍵,みたいに紹介されてはいたものの,最後の2行でからくりの全貌に気付ける人なんてそう多くいるんだろうか.「あれ?どういうこと?」と混乱する程度がいいところだと思うのだけれど.

 ともあれ,からくりに気付く前後で小説の雰囲気がまったく反転する,という面白さはあっていい.小説としては波が少ないけれども,試験的な小説だと思って読むのはあり.ただし,似たような試験的な小説は,例えばライトノベルの世界であるとか,ゲーム小説の世界であるとかには幾らでもある気がする(自分でも思い当たるものが無いわけでもない)ので,革命的かどうかはよく分からない.

2010/09/06

フランダースの光―ベルギーの美しき村を描いて

 最初にポスターを見た瞬間に,なんという美しい絵だ,と思った.それまで,Emile Clausという名前は聞いたことがあるくらいで,特に意識したことが無かったのだけれど,少なくともポスターから感じた期待値は今年観たどの企画展よりも高かった.思わず,渋谷の駅のホームで立ち止まって魅入ってしまったほどだ.

 渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催されている「フランダースの光―ベルギーの美しき村を描いて」展.実は関西で先行開催されていて,満を持して東京にやって来た企画展だったのでおのずと前評判は耳に入っていたのだけれど,東京での公開初日に早速美術展に足を運び,そして度肝を抜かれた.タッチ,色使い,モチーフ,構図,全てが奇跡的に美しい.先日の「語りかける風景―ストラスブール美術展」で観たMaurice Herriotの傑作と通じる魅力があるけれど,それだけではないのだ.
 ねっとりとした筆遣いと,点画法と呼ばれる粗いスパッタリングのような筆遣いが随所で色彩豊かに使い分けられていて,強弱が平面の中で立体的に描き出される.遠近法に加えて,シャープな輪郭とぼんやりとした輪郭とを使い分けている点でも,視覚のリアリティを忠実に描き出す.多くは農村の風景がモチーフであり,ベルギーはフランダースのラーテム村という農村に集まったClausをはじめとする画家たちの,自然と人間への温かさと優しさが滲み出るような生命力を感じさせる.それは,バルビゾン派のMilletやCorotから半世紀ほど後れをとりながら,或いは彼らの作品よりも更に胸躍らせる魔力を持っているようにも見える.バルビゾン派の作品よりも,技巧的にも面白く,そして何より,明るいのだ.

 企画展のタイトルにも選ばれている「光」は,自分が2年前にVermeerに感じた最大の魅力でもある.Vermeerのように光を巧みに操った絵という印象は少ないけれど(解説を読んでみるとなるほどEmile Clausもまた意図的に光を駆使してもいるのだが),バルビゾン派の絵画が,暗く,重く,しかし強い人間の姿であるならば,Clausの絵画は,明るく,軽く,希望に満ちた人間の姿とでもいうべきだ.

 帰って来て図録を長めていても,全くといっていいほど飽きない.美術館で見た生々しいタッチが思い出され,同じ日にもう一度美術展に足を運びたくなる.ポスターで取り上げられている「刈草干し」意外でも,「ピクニック風景」,「野の少女たち」(個人的にはこの絵が一番好き),「レイエ川沿いを歩く田舎の娘」,人物が描かれた作品はことごとくいい.ここに挙げた後ろ2つの作品は個人蔵ということもあって,この機を逃すと一生の間に再会できるか分かったものではない.ウォール・ストリートの名実ともに最高峰のクオンツたちがこういう作品を意図も簡単に競り落としてしまえることこそが,羨ましくも思える.

 東京に戻ってから観た美術展は相変わらずどれもセンスが良く,満足な企画展ばかりだけれども,この「フランダースの光」展は今年のどの企画展よりも美しい.言葉で言い表せないような魅力が,Emile Clausの絵にはある.ベルギー絵画,フランダース.今までノーマークだったけれど,次の欧州旅行はVermeerを訪ねて間違いなく本家のオランダを組み入れるだろうから,ベルギー絵画ももう少し研究して,寄り道してみようと思う(実はベルギー国境までは行っているのだが).来年はオランダに行こう.来年の長期連休は,オランダからベルギーを抜けて,パリだ.

2010/09/05

藝祭2010(東京藝術大学2010年度学園祭)

 初めて行った大学の学園祭が東京大学で,アカデミックな企画が目白押しだったから,自分の母校の学園祭でさえあまりに幼く見えてしまって,毎年学園祭のシーズンは国内旅行に充てていた.ゲストの有名人ばかりが話題に上がる他の大学の学園祭にも特に興味が無かったが,芸術系の大学の学園祭だけは企画の内容からして色が違うので関西でも何度か遊びに行ったことがある.
 東京に戻って来た今年は,本命の東京藝大の学園祭に是非行ってみたいと思っていて,満を持して参戦して来た.午前中に新美術館の二科展で1000点以上の作品を見て来たあとだったので,既に頭が朦朧としている状態だったのだが,そんな疲れを忘れさせてくれるくらいにいい企画が多かった.

 模擬店にはまったく興味が無いので,焦点は美術,映像,映像の三つ.知り合いの娘さんの作品が展示されているとのことで,まずは美術からひととおり観たあとで映像,音楽とまわって来た.

 美術は,油絵,デザイン,彫刻などなど分野,年次ごとに展示が分かれていて,とにかく日本画がいい.一番良かったのは修士課程の学生の日本画の展示で,職業画家にはない開放感が一番に感じられた.
 二科展を観てきた直後だったということもあるのだけれど,まさに若い人達の,そして学生の作品という感じが物凄くする.素人目に観ても,新しさと面白さがある.それでいて流石にベースの技術がしっかりしているから,見ていて圧倒される作品がチラホラある.作品そのものよ以上に,隣に置かれている過去の作品集やデッサン帳が強烈で,この人達は自由に,愛を持って絵に向き合っているという印象を受ける.プラスの方向での苦悩が見える.彫刻やデザインの分野でも,そういった印象はいやというほど感じられて,とても強烈なインスピレーションを貰って来た.

 二科展のような正統派の美術展の場合,多くの作品は,それで生計を立てるのだという制約もあって,企画展の締切までに作品を完成もさせるし,完結もさせる.時には妥協も止むを得ない.戦う相手は自分自身だけではなく,時には他の出品者であり,審査員である.「この絵にはまだ先があるから,出展を来年に延ばそう」という風にはなかなかならないものなのではないか(実情を知っているわけではないので作品を見ている限りの想像でしかないが).そんな印象を受ける絵が,少なからずあった(逆にそうではない作品は学生より遥かに上乗せされた技術と経験と信念を以ってして圧倒的なパワーを魅せつけるのだが).
 一方で,藝大の作品群はそれとは違う.この学園祭に最悪間に合わなくても,製作者の人生が途切れるわけではないのだ.賞を取ることが目的ではない(学園祭でも投票制度は設けられていたけれど).戦う相手は,確実に自分自身である.締め切りを意識する前に,自分の作品と時間の限り対話する.そこで生まれるのが,新しさであったり,面白さであったりするのだと思う.実際に,明らかに製作の途中で展示にまわしている作品もチラホラあった.でも,そこからは未完成の失望ではなく,あとあと到来する完成への期待を感じてしまうのだ.

 双方に,それぞれ魅力があり,それぞれ勿体なさがある.パトロンについて媚を売る美術の時代はおおむね終わったけれども,現代には現代の,絵画の落とし穴や難しさがあるのだなということを自分なりに感じ,一方で,普段見られない絵画の最先端をあらあらと見せ付けられた一日だった.

 映像は,学生製作を何本か見るも,一つ一つが短いので,もう少し長めの作品を見たかった.長めの作品も上映されていたはずなので,時間に余裕をもって,機会があれば来年また来たいなと思ったが,そもそも多くの学生の作品を流すという意味で,多くの学生には時間の制約もあるのかも知れない.音楽は,ケルトミュージックのミニ演奏を聴いてきた.本当なら,もう少し長い演奏会(この日ならオルガンコンサートなど)に行こうと思えば行けたのだが,何と藝大の学園祭のあとで今度は渋谷の美術館にハシゴする予定があったので,ここはあえなく断念.人数的にも,音楽の企画に一番人が集まっていて,企画の時間近くになると長い行列が出来るという感じだった.やっぱり,じっくり時間をかけて回るのがいい.

2010/09/04

宮下奈都『遠くの声に耳を澄ませて』

遠くの声に耳を澄ませて
宮下 奈都
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 現時点で出版されている宮下奈都さんの最後の著作『遠くの声に耳を澄ませて』.この本を読み終えてしまったらもう次は彼女の新作を待つしかなくなってしまう.それがあまりにも哀しくて,机の上に置いたままなかなか読み出せないでいたのだけれど,動かないでいても何も始まらないというのはこの一年で学んだ教訓でもあるので,意を決してページを開いた.

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 読み始めたの最後の短編集.
 最初の一編を読み終えたときに愛おしさを感じた.この人の作品は芸術のようだ.
 次の一編を読み終えたときに物哀しさを感じた.短すぎてあまりに足りない.
 次の一編を読み終えたときに絶望を感じた.『スコーレNo.4』の更に上を行くような清々しさと美しさと希望と愛を感じさせる至高の短編だった.やはりこの人の本が読めなくなるなんて絶望以外の何者でもない.

 この先を読もうか迷ったものの,途中で滞らせておくのもどうかと思いつつ,もう一編だけと四編目を読み始めたとき,全身が震える.電流が走るとともに,ページをめくる手が止まらなくなった.

 『よろこびの歌』と同じく最後に残しておいたこの一冊もまた,短編集ではないのだ.
 描かれない部分を自分の想像や空想で補いながら読み進めるのも小説を読む醍醐味の一つだろう.実際,彼女の作品でなければ自分もそうだ.しかし,次々につながって見えてくる彼女の世界は,自分の想像や空想ではとても描き出せないところにある.最後まで読み終えたとき,他の作品でそうだったように,彼女の作品に散りばめられた一つ一つの言葉を,壊さないようにそっと思い出しながら,恍惚といっていい読後感に浸るのだ.

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 袖触れ合うも他生の縁.知り合いとも呼べないくらいの遠い関係から,古い時代の恋愛関係まで,人と人とをつないで紡いでいくひとつの物語がある.12人の主観で見る風景は,それぞれ違っている.ある人にとって日常の何でもない一コマだったものが別の人にとってのかけがえのない記憶だったりする.宮下奈都さん持ち前の,抜群の感性と,磨き上げられた価値観と,にごりけのない透明感と,圧倒的な文才.大抵の作品(勿論,この作品にも)にはそこにモチーフとして「料理」が加えられ,そしてこの一冊に上乗せされたのは「旅」だった.旅を考える.生き方を考える.12人全員の眼鏡に,震えるような共感を感じて,思わず椅子から立ち上がる.今にも走り出しそうな足を,必死で押さえつけて続きを急ぐ.

 この本におさめられた短編の幾つかについて,覚書をしておこう.

・「どこにでも猫がいる」
 圧倒的といっていい.自分を根こそぎ描かれたような恥ずかしさすら感じる.言葉の一つ一つに,一瞬たりとも気が抜けない.宮下奈都さんの魅力を十二分に詰め込んでなお,構成や言葉の選び方,濁し方まで,魅力に底が見えない.

・「秋の転校生」
 みのりのご飯に対する思いが,あまりに美しい.他の作品でモチーフになった豆以上に,食の幸せを感じる一編だった.

・「白い足袋」
 一人の若い女性がぬかるんだ雪道を足袋で全速力で走り抜く姿を,これほど迫力と希望を感じさせて描くことが他の作家に出来るだろうか.「足袋で全力疾走」という字面から想像される滑稽な絵とは逆に,読みながら思い描く絵はあまりにも美しかった.

2010/09/03

三浦綾子『ひつじが丘』

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講談社
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 三浦綾子もまた読むのは高校のとき以来.高校一年の夏休みに,三浦綾子の『泥流地帯』が課題図書で出されて,感想文だか評論だかを書かされたか書かされなかったかは覚えていないが,思いのほか面白くて『続・泥流地帯』や『塩狩峠』まで読んだ記憶がある.内容的にはだいぶうろ覚えだけれども,愛であるとか自己犠牲であるとかといったテーマは自分にはとても近いものに感じられて,根本的なところはいまだに自分自身の血肉として身体をめぐり続けているように思う.久々に三浦綾子を読もうと思って書店に入って,表紙の淡白さと帯のフレーズに惹かれて買って来たのが『ひつじが丘』だ.

 話の展開そのものは,ありがちで,緩やかに進む.つまらないわけではないが,急かされるような出来事もない.ただただ,自分の日常や倫理観と照らし合わせながら読み進めて,最後の数ページで一気に涙が止まらなくなった.最後に登場した宗教画の描写があまりにも美しかったことと,それがこの物語の核心をあまりに象徴的に描いていたからだ.読んでよかったと思う.
 それ以外で『ひつじが丘』で一番印象的だった一文は,「他の人に対しては忍耐深く寛大であれ.あなたも他人が耐え忍ばねばならぬようなものを,事実において多く 持っているからである.」というもの.イミタチオ・クリスチからの引用とのことだが,実践できているかどうかは別問題にしても,自分はこれに近い価値観を 随分長いこと信念の近いところにおいてきたつもりでいる.元々,怒ったり許せなかったりすることはない穏やかさはあると思うのだが,加えて理屈でも,果た して目の前にあることに怒りをあらわせるほど,自分は誇るべき生き方をしているだろうか,と考える節がある.この小説を読み終えて,こういう自分の価値観 は無駄ではないし,例え報われなかったとしても,例え自己満足でしかなかったとしても,誰かを傷付けることにはきっとならないと改めて考えさせられた.

 象徴的なシーンがあるわけではないし,表現や構成に格別魅力を感じるというわけでもない.それでもこの人の本に安心感を感じるのは,多分,自分自身かなりクリスチャン的な価値観に近いものを持っているからなんだと思う.自分自身無宗教の無神論者であるし,いまの宗教には嫌悪感ばかり感じる人間の一人でもあるわけだが,文化や歴史としての宗教と,旧時代に築き上げられてきた倫理的な宗教にはある種の畏敬を感じるところがある.度重なる歴史的な事件や事故の中で,人間が自身を省み,戒め,問い続けてきたがゆえに磨き上げられた生き様や理想のようなものが感じられる.今でこそ,哲学や神学,文学といった領域でやたらと難しく語られがちな宗教観も,実は日常のよしなしごとに落とし込んでみれば,いたって簡単で,わかりやすいものなのだということが,三浦綾子の小説を読むとよく分かる.聖書的な難しさと,人間の日常との間を橋渡しするようなところが,三浦綾子の小説の醍醐味だと思う.この本の中で意外と面白かったのが水谷昭夫による巻末の解説で,本編を読み終わったところで自分が感じたこれらのことを,スッキリと整理する指針になった.

 身のまわりを見ても,どこか歯車のずれている日常がそこらじゅうにある.価値観が違うから嫌だとか憎たらしいだとかは思わないけれど,それにしても,倫理観や道徳観といったものを,考えたり見つめなおしたりする時間そのものが,今の日本には足りないんじゃないだろうかと思うときがある.三浦綾子の小説は,若年層のみならず大人にとっても,キリスト教という一方向からの価値観ではあるにしろ,そういったものをかなり近しく考えさせてくれるいい材料になるだろうと思う.

2010/08/28

三菱が夢見た美術館―岩崎家と三菱ゆかりのコレクション

 三菱一号館美術館の企画展第二弾,「三菱が夢見た美術館―岩崎家と三菱ゆかりのコレクション」へ.前回の「マネとモダン・パリ Manet et le Paris moderne」は結果3回も見に行くほどハマリの企画展だったけれども,今回は美術的なテーマの企画展ではなかったので,ほとんど期待せず,しかし話の種に行ってみたのだった.

 ところが,これが意外に面白い.まず,次の単語の意味がお分かりだろうか.
  • Meaco
  • Iendo
  • Xenday
  • Sacay
 答えは後半で.さて,今回の企画展,美術的な統一感は全くといっていいほど無いわけだが,集まっている半分が博物品なので,テーマが無くても個別に深く楽しめる.今回の例で言えば,曜変天目(9月5日まで),海援隊が使っていた英語の音読帳,Marco Poloの『東方見聞録』の英訳出版年の原本(第4版),杉田玄白の『解体新書』の出版本,16世紀頃の『徒然草』の写本などなど,(全般的に大元でないのが残念ではあるものの)興味をそそる骨董品が満載.しかも,開催期間をいくつかに分けて,展示を入れ替えるということなので,職場も近いことだし,気が向いたらもう一度来ようと思わせるに十分な企画展だった.

 中でも一番面白かったのは,16世紀~18世紀にかけて海外で製作された日本地図,世界地図だ.中には「中華帝国図」(1682年)の一部として日本が描かれているものもある.北海道が無かったり,九州が無かったりと,その精度はひどいものだが,測量や翻訳も難しかった時代の趣を感じさせる.ついでに,お世辞にも地図といえないような代物ながら,日本の地名がきちんと調査して書かれているのも愛らしい.実は,先に挙げた単語はこれらの地図に書き込まれていた日本の地名で,それぞれ「都(京都)」「江戸」「仙台」「堺」を表している.かなり細かい地名が記入されている一方で,位置があべこべだったり地名が聞き間違いだったりと,見ていてとても面白かった.

 博物品とは別に,展示されていた絵画群も,基本的に個人蔵や企業蔵のもので,普段美術館でお目にかかれない作品であることも特筆すべきこと.美術展の広告の顔にもなっている岸田劉生の「童女像(麗子花持てる)」は,西洋画の画風を引き継いだ日本人の肖像画ということで,黒髪の質感や,肌の赤らしさがいい意味での違和感を感じさせる.日本人の美しさを,改めて引き立てるようだった.今のご時勢では,染髪や化粧でこの魅力が意図的に殺がれてしまっているのがあまりに哀しくもある.

 これ以外にも,Millet,Renoir,Monetといった定番の画家達の作品はそれぞれ見応えがあったし,元々の期待値がかなり低かったこともあって,お腹一杯で美術館を出た.三菱一号館美術館,いつ行ってもそこそこ空いていて,美術館の雰囲気もとてもいいのが好きだ.仕事帰りに何処の美術館に寄って帰るとは言いづらいけれども,お忍びでは常連になりたい美術館だ.

 ついでに一言加えておくと,否応無しに,三菱グループの存在感を見せ付けられる美術展でもある.坂本龍馬と並んでブームとなりつつある岩崎弥太郎の影は,一時的なブームにとどまらず結果的に今後の日本をいっそう強く引っ張っていく確固たる象徴になるかも知れない.就職活動をしていたとき,幕末フリークでありながらなぜ三菱系列の企業を一社も受けなかったのか,今さらながらもったいないことをしたような気がしないでもない.

2010/08/23

村上春樹『ノルウェイの森』

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
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ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
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 大昔に一度読んでいるものの,先日友達とこの本の話をしている中で“読み直さなきゃいけない”感じがして,実家に帰って探すのも面倒なので新たに買ってしまった.村上春樹は自分の好きになれない作家の代表格で(だからといって読んでいない訳ではないのだが),何年か前に文庫化された『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の村上訳を除けば彼の作品を読むのは実に7年ぶりということになる.
 当時『ノルウェイの森』を読んだときは,自殺とセックスの気持ち悪さしか残らなかった.久し振りに読み返した後になっても相変わらず村上春樹を好きになれる気はしない.ただ,自分が村上春樹を好きになれない理由は,脈絡の無い比喩表現にあって,時を経て読み返した物語そのものは意外と面白かった.

 「死は生の対極としてではなく,その一部として存在している」というこの小説のテーマとでもいうべき問題は,自分にとってあまり関心のある問題ではない.寧ろ,直子と緑の間で葛藤する主人公の,ある種傲慢である種ストイックな理屈と心理描写がとてもいい.7年前に読んだときにはまるで理解できなかった彼の思考が,今は自分のものであるかのようにわかる.感性のある部分が局所的にシンクロしているような錯覚すら覚える.何より勇気付けられるのは,彼の直子に対する行動や感情の中に,同情や偽善といった要素がこれっぽっちも見えないことだ.これが10年後に読んだら,きっとそうは行かない.この小説を読み返すのに,今以上の好機はなかったと言ってもいい.
 ハツミやレイコの心のうちも,ぼんやりと分かったように思うし,何といっても,生の力強さと未来への希望すら感じさせるラストに,まるで後味の悪さを感じなかった.好きではないからではなくて単に読む機会が無かっただけではあるけれど,村上春樹の最近の未読の作品『海辺のカフカ』や『1Q84』も,読んでみようかなという気になったのも大きな収穫の一つだ.

 東京に戻り,就職し,交友関係も生活環境もこの半年でガラリと変わった.変わったものもあるし,変わらなかったものもある.自分だけではなく,6年ぶりに見る景色や人の中にも,変わったものと変わらなかったものがある.
 さて,この本を読み終えたいま,自分は悩む.『ノルウェイの森』を話題にあげた友人は,ただただ時間をつなぐためだけにこの本を挙げたのか.或いは何か意図があったのか.こんなことを考えるのは,その友人に,直子やキズキに対して感じたのと似た一抹の危機感や不安を垣間見てしまうからだ.自分はワタナベか.

2010/08/22

宮下奈都『よろこびの歌』

よろこびの歌
よろこびの歌
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宮下 奈都
実業之日本社
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 宮下奈都『よろこびの歌』.短編集かとおもいきや,一つ一つの物語がつながっていて,何でもない女子高での一連の日々が,6人の視点で進んでいく.

 出来事にしてみたら本当に何でもない日常的な話で,展開上の面白さは何も無いといっていい.短編の一つ一つをハイロウズの曲にかこつけて描いているのも読む人が読めば安っぽく見えるだろうし,幽霊が見える,なんてテーマが紛れ込んでいるという点も自分を含めてお世辞にも文学的な高潔さは感じさせない.序でに,サブタイトルに併記された音階がドレミファソラシで1人目に戻ってくるのも,もう一人登場人物を加えてドレミファソラシドで一周させてくれないと,音階の美しさがまるで映えないじゃないか,なんて気持ち悪さもある.

 しかし.それなのに.

 読み終わった後の心地よさは何だろう.平凡な日常の中から見逃しがちな特別なものを発見し,拾い上げていく宮下奈都の視点の美しさ.況してや,今回の主人公が『スコーレNo.4』の麻子にも増して圧倒的な才能を秘めた少女だっただけに,彼女が再発見する才能の迫力と,それがまわりに伝播していく拡散の力強さがとても印象的だ.途中,ところどころ平凡なストーリーもあるけれど,読んでいながら読んでいて周りの雑音が一切聞こえなくなるくらいに引き込まれるシーンもある.主人公一人では眠ったままであったはずの才能が,友人の輪の中で一気に開花し,逆に友人達の才能に主人公も彼女達自身も気づき始める.人間の生きる喜びや面白さを,人の輪の中で発見していく面白さ.だから人生は面白く,美しい.そんな作品.

2010/08/19

宮下奈都ほか『コイノカオリ』

コイノカオリ (角川文庫)
角田 光代 島本 理生 栗田 有起 生田 紗代 宮下 奈都 井上 荒野
角川書店
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 恋愛小説の短編集.宮下奈都さんの短編が入っているということで購入.これを書いている時点で,宮下奈都の作品は残すところ一冊となってしまった.既に積読されている残り一冊を読み始めるのが哀しい.

 どの作品も期待していたよりは面白かった.同じ短編集で最近読んだものなら,『孤独な夜のココア』より年代と文化が近くて親近感がある.大人の女性達が抱える大なり小なりの問題が,異性の壁を越えて(というか自分の価値観はどちらかというと女性側にあるので)ピリピリと伝わってくる.それにしたって,宮下奈都の別格感は正直凄い.この本はAmazonで買ったのでレビューの高さは知っていたけれども,読み終わっていざレビューを読んでみると宮下奈都への圧倒的な支持率が痛快だった.

 宮下奈都の『日をつなぐ』については,古い短編ということもあって,その後の作品に再利用されているキーワードがところどころにある(スープとかブルーハーツとか).ただ,後々の青春小説と違ってシビアな題材を選んでいるだけに,物語り全体はとても危うくてスリリングだ.主人公の主観で見た修ちゃんでさえ心が放れていっているのは明白で,曖昧な形で終わる最後のシーンは,最早絶望的な予感しか感じさせない.このラストへ向けての数ページが急激に主人公への関心をそそるだけに,読む側には重々しい余韻がいつまでも残る.短編集のほかの作品達が,総じてハッピーエンドでないこともそう感じさせる原因の一つで,宮下奈都を知らないで読んだ人にはまた違った何かを感じさせるだろう.
 けれども,彼女の他の作品(特に『太陽のパスタ、豆のスープ』)を読んだ上でこの短編を読むと,ところどころに明るい兆しが見えないでもない.修ちゃんは,別れを決意して家に帰るだろう.しかし,豆のスープの匂いはきっと彼の気持ちを一瞬鈍らせてくれる.そこからまた取り戻せるものがある.そんな余韻を残す.そういう視点でこの物語を読み終えたとき,タイトルの“つなぐ”という言葉が絶妙に響く.作品の中で輝きだすものは何一つ無いけれど,読者に委ねられた余韻の中で期待が見える.そんな作品.

2010/08/15

(500) Days of Summer (2009)

(500)日のサマー [DVD]
(500)日のサマー [DVD]
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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン (2010-07-02)
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 人に勧められて観たわりと新しい映画「(500) Days of Summer((500)日のサマー)」.女性達に向けられた映画というよりは,月並みな言葉ながら草食系男子に向けられた映画といった方がしっくり来る映画.Joseph Gordon-Levittの弱弱しさが光る.最近よくありがちな,物欲や性欲をさらけ出すようなオープンな価値観とは一線を画した落ち着きがあって個人的には好き(だからといって「Sex and the City」みたいなストーリーも嫌いじゃないけど).時系列をバラバラに並べる脚本もアニメーションを組み込んでしまう技法も,ミュージカルな演出も,特に革命的なものを感じさせるわけではないけれど,映像や小物のセンスの良さがこうした演出を引き立ててくれていると思う.

 ストーリーは,恋愛感の違う二人の,友達とも恋人とも言い切れない500日間を追ったもの.この映画は恋物語ではない,というオープニングでの忠告にも関わらず何かを期待して観てしまいがちな作品で,その期待はちゃんと忠告通り裏切られるのだけれど,最後の最後でコテコテのラブストーリーを予感させるところが面白い.
 また,映画を観ながら気になったのは,何度も反復される一部のシーン.監督が単にインパクトを狙ってそうしたのなら残念なのだけれど,個人的には,これが主人公とSummerの間に起こった出来事のほとんど全てなのだ,と思っている.平凡な日常生活の中で主人公の純粋な“気のせい”から始まった関係は,決して広くも深くもないものだったのだと,暗に主張しているように見える.

 何を偶然と思うか,何を運命と思うかは結局その人次第で,恋愛に限ったことじゃなく,小さな出逢いや偶然をいかに取りこぼさないか,いかにつなぎ止めるかが,人間関係を豊かにする秘訣なんだということを,最後に改めて確認させられる感じの映画だった.

2010/08/14

Invictus (2009)

インビクタス / 負けざる者たち Blu-ray&DVDセット(初回限定生産)
ワーナー・ホーム・ビデオ (2010-07-14)
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 Clint Eastwood監督作品,「Invictus(インビクタス/負けざる者たち)」は,1995年のラグビー南アフリカW杯を題材に,南アフリカの人種差別問題と復興を描いた映画.映画館で観よう観ようと思っていながらバタバタしていて結局観られなかったので,BDのレンタル開始日に借りてきて観た.

 スポーツ映画ではなく,あくまで本質は政治の映画.Nelson Mandelaの大統領就任をきっかけに変わり始めた南アフリカの人種差別問題と,その象徴の一つでもあったラグビーのナショナルチーム「スプリングボクス」.新たな南アフリカの誕生とその本質を世界に訴えるべく,Mandelaが切望した自国開催大会での優勝劇が,淡々と描かれる.

 ある意味で政治の道具として利用されるスポーツの姿に賛否両論はあるだろうが,自分自身は悪いことではないと思う.そもそも人間がルール化して作り出したものに,真理や不可侵性を求めることはナンセンスだ.
 ただ,この作品に関しては,尺の関係もあってか,Mandelaの存在感と本大会での激戦ばかりがクローズされてしまっていたのをやや残念に思う.そもそも,スプリングボクスの優勝にNelson Mandelaの影響力がどれくらいあったのかが,この作品からでは感じ取れなかった.酷な言い方をすれば,ただ激励をしているくらいにしか見えないでもない.それが本質なら,Pienaarの存在にもう少し重きを置くべきだと思うし,そうでないなら,政治的なキャンペーンのプロセスや成果をもっと綿密に描くべきだと思う.本大会までのプロセスが,田舎の子供たちを訪問する一つだけではあまりに乱雑だし不自然だ.そこにあったはずの別のキャンペーンや強化練習のプロセスを見せなければ,この物語の真の立役者が,政治側にあるのか選手側にあるのか判断しかねるところがある.それとも,単に自分の勉強不足のせいか.いずれにしても,時間のあるときに本でも読んで勉強してみたい.

 とは言え,政治色をあまり濃くしてしまってはそれこそ「スポーツは政治の道具ではない」という批判の的になってしまいそうではあるし,逆に選手達の努力に焦点を当て過ぎてしまえば,主題であるはずの人種差別問題との関連性が見えなくなってしまう.このジレンマを絶妙に舵取りしているのがEastwoodの手腕だといえばそうなのかも知れないが,個人的にはもう少しメリハリのある作品を期待していただけにやや残念.勿論,期待が大き過ぎたというだけで,作品は面白いし見応えのある映画だと思う.

2010/08/07

近藤雄生『旅に出よう―世界にはいろんな生き方があふれてる』


 3月まで京都で塾講師の仕事をしていたときの同僚が書いた本.本業ではライターをしている方で,新聞で彼の記事を読んだこともある.先日,京都から友人である別の元同僚が上京したときに,近藤雄生さんが最近本を2冊出版したという話を聞いて,早速購入した.この本はそのうちの一冊だ.
 仕事の合間に,彼の経験については色々と伺ったことはあるけれども,読んでみるとやっぱり面白かった.

 この本を読んで感じたことは,「うらやましい」と「悔しい」の二つに尽きる.

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 元々旅好きだったことに加え,下川裕治や高校時代から好きだった沢木耕太郎の影響もあって,大学に進学してからも暫くはライターみたいな仕事にぼんやりとした憧れを抱いていた時期がある.世界中を旅して,多くの世界を知りたいと思った.尤も,当の自分に世界を放浪できるほどの経済的な余裕は無かったし,せっかくつかんだ京都での生活を満喫するだけで精一杯だったから,海外を旅するのは後回しになっていた.ようやく世界に飛び出したのは大学院に進学してからで,そこから13カ国を放浪(中学時代と併せて16カ国).文化の違い,歴史の違い,価値観の違い,その全てが新鮮で,まだまだ歩き足りないと思いながら,社会人になってしまった.

 いまになって思えば,親に借金をするなり,大学を休学するなりして,いくらでも世界を渡り歩くチャンスは作れたのだから,結局その一歩を踏み出さなかった自分が悪いのだ.近藤さんが旅に出たのは27歳のときのこと.18歳のときに同じようなことを思っていながら,結局,中途半端でとどまっている自分はあまりに小さい.
 仕事を始めて間もないが,今の仕事に誇りや使命感を感じているわけではない.ただただ,数学や物理学の手法を使える面白さにおぼれていると言ってしまえば,それまでかも知れない.今の仕事で一番抵抗があるのは,スーツを着ることと,お金がモノサシになってしまっていることだ.お金ではかれるものなんて,世界のほんの一部のそのまた一部でしかないのに.

 今の仕事は面白いし,実際問題,一番リスクの少ない道の一つではあるから,とりあえず気が向くまで頑張ってはみるつもりでいる.ただ,自分の場合,俗世の権力や名誉にはあまり興味がなくて,例えば途上国の片田舎で自給自足の生活を余儀なくされても,結構楽しめてしまう,それどころかそれを歓迎してしまう人だから,社会人になったいまも,そういう世界とのつながりを閉ざさないでいようと改めて思ったのだった.思い立ったその日に,いつでも旅立てる心構えをしておきたい.

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 近藤さんの経験はとても貴重なものだが,いまや旅行記なんてweb上のどこにだって転がっているし,面白い経験談ならこの本でなくてもいくらでも探せるだろう.それでも尚この本が面白いのは,この旅行記が,ルポタージュと違って主観に溢れているからだ.どういうことがいけなくて,どういうことがいいと思うのか,何が問題ではなくて,何が議論されるべきなのか.旅の先々で出会った人や出来事を,掘り下げていく観察眼も素敵だ.立場を明らかにしてしまうことが却って足元を無防備にしてしまういまの時代,あちこちに転がっている文章はどれもこれもルポタージュになりがちだけれども,彼の主観は,彼の旅の経験に命を吹き込む.そういった主観が,自分が日ごろ気持ちの奥で抱えている価値観とかなり重なっているのも,この本を一気に読めた理由の一つだ.

 岩波ジュニア新書ということもあって,中学生でも読めるような平易な一冊.だからこそ,いまの日本の中学生達には是非とも読んで欲しい一冊だ.日本の教育は概ね,(小さい頃は)客観的な知識を与えることばかりに力を入れがちで,主観はともすると危険な思想や宗教にさえ結び付けて語られがちだけれども,彼の主観から見える景色は,決して人を傷付けることはないだろう.

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 同じような価値観を感じていながら,その主観を誰とも共有出来ないままでいる自分がふがいなくもあり,悔しくも感じた.

 あとで,近藤先生に連絡をしてみよう.

2010/08/04

宮下奈都『太陽のパスタ、豆のスープ』

太陽のパスタ、豆のスープ
宮下 奈都
集英社
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 『スコーレNo.4』の宮下奈都さんの本を読みそろえてみようということで,買った二冊目が『太陽のパスタ、豆のスープ』.スコーレを先に読んでしまっていると,拍子抜けするくらいに地味で狭い話に見えるし,表現も,展開も,密度も,センスも,どれを取っても二番手といった感じがしてしまうけれど,それは比べる相手が悪いだけのこと.読んでいる最中も,読み終えたあとも,ポカポカした膜のような幸福感に包まれるいい小説だった.女性らしいかわいい感性に,客観的というよりはかなり主観的に共感してしまった.

 スコーレの麻子と違って,主人公の明日羽は一癖ある家庭環境も,卓抜した才能も持ち合わせていないけれど,マイナスからゼロへ,ゼロからプラスへ踏み出すストーリーは元気をくれる.料理をモチーフにしている点ではたまたま『それからはスープのことばかり考えて暮らした』とも重なっているけれど,こちらは料理そのものというよりは,日常の大切さや仕事の意義,生きる意味みたいなものを,豆のスープに凝縮した感じ.

 『スコーレNo.4』ほど洗練された傑作ではないけれど,“あとで読み返したいなぁ”と思って貼ってみた付箋の数は,スコーレのそれより多かった気がする.結局,生まれながらの肩書きや才能はないものの,日常に人一倍楽しみを見出していると自負している自分に,少なからず共感するところがあったのだと思う,
 思わぬ人に会って隠れてしまいたい気持ちだとか,雨の日に感じる憂鬱さと愛おしさだとか,お金に対する感覚だとか,心が洗われもするし,救われもするような感性が沢山ある.特に,お金の感覚は,どうにもいまの仕事が自分の価値観と正反対をいっているように感じるジレンマみたいなものをスッキリさせてくれて,一石二鳥.

 まずは仕事を一週間くらい休んで,延々と料理し続けるような休日を過ごしたいな,なんてちょっと思った.そのためにはまずキッチン.この本を読んだあとで文房具屋さんに寄って,ちゃっかり“ドリフターズ・リスト”を作ってしまったミーハーな自分を応援しよう.

2010/08/03

田辺聖子『孤独な夜のココア』

孤独な夜のココア (新潮文庫)
田辺 聖子
新潮社
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 田辺聖子の短編集.この本が出版されたのが1978年だということを知った上で読むと,なかなか感慨深い.昭和の大人たちの恋のある面が今とそう変わっていないという安心感と失望感を感じ,一話一話を読み終えてみるとそれぞれ温かさが残る感じ.決して美談ばかりではなくて,むしろ後ろめたい話の方が多いから,読み始めは億劫な気さえするのだけれど,結局全編飽きずに読み終えてしまった.

 個人的には,まるで恋愛小説のエッセンスを漂わせない「中京区・押小路上ル」が好きだ.土地勘があるから話の舞台が見えてしまうというのもあるけれど,誇りや意地を自覚しないままに,それでも伝統を守っていく京都人の本質みたいなものまで見え隠れして,懐かしくなった.

 ただ,どうにも大阪弁に抵抗を感じてしまう.文字として,しかも恋愛小説として大阪弁を書き起こしてみると,これほどまで違和感のあるものになってしまうのか.

2010/08/01

中村航『夏休み』

夏休み (河出文庫)
夏休み (河出文庫)
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中村 航
河出書房新社
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 再びジャケ買いした小説.……何一つ心に残る部分がない.共感も出来ないし,美意識の感覚も違うし,感動する場面も一つもなかった.大体,物語のクライマックスがスマブラって何だ.ごくたまにいいフレーズが響いたこともあったけれど,頻繁に登場する君の悪い科学かぶれの表現にたちまちかき消されてしまった.

 “煙のすじはエントロピー増大則に従って拡散し,やがて白い壁と同化して消える”
 “pH値2.08をたたき出す草津もすごいが”

 極めつけは,人の悩みを数量的に解明するための方程式が「W=Fa/α」なんて始末.これ以外にも,論理学や自然科学のエッセンスを組み込もうとして世の中の全理系人を敵に回すような気持ち悪さが随所に光る.
 高校時代の自分が小説を書いたら,実は結構同じような使い方をするんじゃないかという気がしないでもないけれど,一見自分と近そうでいて,自分とは限りなくピントのずれた作品だった.好きな人は好きなんだろうけれど,純粋さでもSF性でもエンタメ性でも表現でさえも,『涼宮ハルヒの憂鬱』の方が圧倒的に面白い.あとは,ジャケ買いした最初の二冊が傑作過ぎたのも損に働いたかも知れない.

2010/07/25

青山七恵『ひとり日和』

ひとり日和 (河出文庫)
青山 七恵
河出書房新社
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 芥川賞受賞者の名前なんて綿矢りさあたりから全然記憶に残っていなかったので(一応ニュースとして読んではいるのに),本の帯に「芥川賞」なんて文句が大々的に掲げられていなかったら素通りしていたかも知れない一冊.文庫本になったのは最近のようだけれど,旬の頃ではなく東京に帰ってきた今になって読んだのは正解だったと思う.

 内容云々はさておき,読み始めて「おや?」と思ったのは主人公の故郷.文章から察するに,熊谷あたりじゃないかと思ってふと筆者の青山七恵さんをググってみたら……く・ま・お・ん・な!熊女の2つ上の先輩ですか!鈴懸祭やら何やらで本人を見てるかも知れない,と思ったらちょっと愛着がわいた.少なくとも同級生を探れば,友人の知り合いくらいにはなるに違いない.

 内容はというと,とにかく文章が抜群に上手い.言葉の選び方,表現もそうだし,文の長さや話の起伏,安定感と,本当に上手い.無気力なフリーターの女性が,ひょんなことから親戚の老女と同居を始め,少しずつ変わっていくというか,影響されていく過程の心理描写や空気が,淡々と,しかし生々しく伝わって来る.それだけで面白い物語だった.
 ストーリーそのものは,本当に気だるい.老女との同居で,無気力でひねくれた女性の本性が一転するかと思いきや,大筋ではあまり成長もしていなくて,相変わらず気だるい空気を残し続ける.その中でも,手癖の悪さが落ち着いていたり,社会の価値観を受け入れてしまっていたりと,良くも悪くも随所に見られるごくごく小さな変化が光るのもやっぱり文章力のお陰かなと思う.

 自分の毛色に合う小説ではなかったけれど,読み終わった後に読んでよかったという達成感みたいなものもあったし,日常生活の中の何気ない出来事について考えるときにこの小説をふと思い返してしまいそうな存在感もあった.

2010/07/24

黒野伸一『万寿子さんの庭』

万寿子さんの庭〔文庫〕 (小学館文庫)
黒野 伸一
小学館
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 ある新社会人の女性が,近所に住むおばあさんと,絆を深めていくストーリー.といっても,よくありそうなお決まりの展開というわけでもなく,そこそこいい意味で期待は裏切られる.タイトルから思い描いていたイメージがストーリー序盤で突然崩れ,そこからやっぱり当初のイメージに少しずつ軌道修正していくような感じ.読み終わったあとは,どことなく心温まる.余談として,今一番欲しいものはキッチンだけれど(事情で今の住居にはキッチンがない),次はガーデニングの出来る庭が欲しくなった.

 ただ,文がところどころ読みにくい(自分が言えた義理ではないけれど).特に,会話文の書法が滅茶苦茶で,カッコの中でも平気で改行が続くし,時々誰の台詞なのかこんがらがるような書き方も多かった.文章そのものが上手いわけではないように思うし,話の展開にもいわゆる文学的な高尚さはあまり無いので,頭には残るものが少ないかも知れない.

2010/07/23

シャガール―ロシア・アヴァンギャルドとの出会い

 ……藝大いい…….大学にブランドを求めたくは無いけれど,やっぱり格が違うなと思うのは東京藝大.附属美術館に入るのは今回で二回目だが,やっぱりいい.日本で唯一,海外の大学っぽい空気が張り詰めている気がする.

 そんな藝大の美術館で開催された「シャガール展」.今までChagallの作品を生で観る機会というのは意外と少なかったことに気付いて行って来た.Chagallのイメージはキュビズムに似たところがあったけれども,実際に観てみるとやっぱりそうで,人間も動物も彼の特徴的な描き方があった.その画風が,年代とともに着実に変わっていく様子は面白かったし,美術展としての魅せ方もとてもいい.
 ただ個人的にはChagallの幾何的な作風は予想通り好きとも嫌いともならなくて,惹かれたのはむしろ色使いの方だった.かなり原色に近い色を多用しつつも,色を連続的にも離散的にも使う感じ.彼の絵には,連続と離散が共存しているような柔らかさと固さがあって,それはどちらかというと形ではなくて色によるところが大きいように感じられた.
 あとは,彼は宗教画は描かないものの,故郷ロシアへの愛着や,ユダヤ人としての迫害の経験がところどころに垣間見られるところも,いい意味で面白かった.

 最後に,余談ではあるけれども,Chagallの絵に登場する動物たちを見ていて,映画「魔女の宅急便」に登場するウルスラの絵は,間違いなくChagallにインスピレーションを受けたものだと確信した.そんなことを思ったら久々に魔女宅を観たくなった.

2010/07/20

ナポリ・宮廷と美―カポディモンテ美術館展

 イタリアはナポリのカポディモンテ美術館のコレクションを集めた美術展.美術館の名前もこの企画展で初めて聞いたし,特に見たい作品があったわけでもないし,特によく知っていた画家の絵があったわけでもないのだけれど,たまたま通りがかったついでに寄って来た.何も知らない美術展にこそ,思わぬ発見はつきものだ.

 しかし結局,発掘,といった感じの自分好みの絵はあまり無かった.美術は理屈ではないと思うものの,考えられる最大の理由は,宗教的・歴史的背景だと思う.
 17世紀までのイタリアの地方絵画が大多数なので,トレント公会議の影響でモチーフや表現が大きく制限されている模様.お陰で,いまひとつダイナミクスに欠けたり,オリジナリティに欠けたり,といった印象.唯一印象に残ったのは,El Grecoの「燃え木でロウソクを灯す少年」.光の使い方と,皮膚のタッチがとても荒々しくて良かった.光と闇,というコントラストは,描き方によって本当に印象が変わるものだと思う.

 それ以外では,あまりインスピレーション(というのはおこがましいが)は感じず仕舞い.最近観た美術展の中では,自分としては不発の部類.休日にもかかわらずあまり人も多くなかったので(それでも関西の企画展よりは断然にぎわっている),ゆっくり楽しむにはいいかも知れない.

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