2010/08/28

三菱が夢見た美術館―岩崎家と三菱ゆかりのコレクション

 三菱一号館美術館の企画展第二弾,「三菱が夢見た美術館―岩崎家と三菱ゆかりのコレクション」へ.前回の「マネとモダン・パリ Manet et le Paris moderne」は結果3回も見に行くほどハマリの企画展だったけれども,今回は美術的なテーマの企画展ではなかったので,ほとんど期待せず,しかし話の種に行ってみたのだった.

 ところが,これが意外に面白い.まず,次の単語の意味がお分かりだろうか.
  • Meaco
  • Iendo
  • Xenday
  • Sacay
 答えは後半で.さて,今回の企画展,美術的な統一感は全くといっていいほど無いわけだが,集まっている半分が博物品なので,テーマが無くても個別に深く楽しめる.今回の例で言えば,曜変天目(9月5日まで),海援隊が使っていた英語の音読帳,Marco Poloの『東方見聞録』の英訳出版年の原本(第4版),杉田玄白の『解体新書』の出版本,16世紀頃の『徒然草』の写本などなど,(全般的に大元でないのが残念ではあるものの)興味をそそる骨董品が満載.しかも,開催期間をいくつかに分けて,展示を入れ替えるということなので,職場も近いことだし,気が向いたらもう一度来ようと思わせるに十分な企画展だった.

 中でも一番面白かったのは,16世紀~18世紀にかけて海外で製作された日本地図,世界地図だ.中には「中華帝国図」(1682年)の一部として日本が描かれているものもある.北海道が無かったり,九州が無かったりと,その精度はひどいものだが,測量や翻訳も難しかった時代の趣を感じさせる.ついでに,お世辞にも地図といえないような代物ながら,日本の地名がきちんと調査して書かれているのも愛らしい.実は,先に挙げた単語はこれらの地図に書き込まれていた日本の地名で,それぞれ「都(京都)」「江戸」「仙台」「堺」を表している.かなり細かい地名が記入されている一方で,位置があべこべだったり地名が聞き間違いだったりと,見ていてとても面白かった.

 博物品とは別に,展示されていた絵画群も,基本的に個人蔵や企業蔵のもので,普段美術館でお目にかかれない作品であることも特筆すべきこと.美術展の広告の顔にもなっている岸田劉生の「童女像(麗子花持てる)」は,西洋画の画風を引き継いだ日本人の肖像画ということで,黒髪の質感や,肌の赤らしさがいい意味での違和感を感じさせる.日本人の美しさを,改めて引き立てるようだった.今のご時勢では,染髪や化粧でこの魅力が意図的に殺がれてしまっているのがあまりに哀しくもある.

 これ以外にも,Millet,Renoir,Monetといった定番の画家達の作品はそれぞれ見応えがあったし,元々の期待値がかなり低かったこともあって,お腹一杯で美術館を出た.三菱一号館美術館,いつ行ってもそこそこ空いていて,美術館の雰囲気もとてもいいのが好きだ.仕事帰りに何処の美術館に寄って帰るとは言いづらいけれども,お忍びでは常連になりたい美術館だ.

 ついでに一言加えておくと,否応無しに,三菱グループの存在感を見せ付けられる美術展でもある.坂本龍馬と並んでブームとなりつつある岩崎弥太郎の影は,一時的なブームにとどまらず結果的に今後の日本をいっそう強く引っ張っていく確固たる象徴になるかも知れない.就職活動をしていたとき,幕末フリークでありながらなぜ三菱系列の企業を一社も受けなかったのか,今さらながらもったいないことをしたような気がしないでもない.

2010/08/23

村上春樹『ノルウェイの森』

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
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ノルウェイの森 下 (講談社文庫)
村上 春樹
講談社
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 大昔に一度読んでいるものの,先日友達とこの本の話をしている中で“読み直さなきゃいけない”感じがして,実家に帰って探すのも面倒なので新たに買ってしまった.村上春樹は自分の好きになれない作家の代表格で(だからといって読んでいない訳ではないのだが),何年か前に文庫化された『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の村上訳を除けば彼の作品を読むのは実に7年ぶりということになる.
 当時『ノルウェイの森』を読んだときは,自殺とセックスの気持ち悪さしか残らなかった.久し振りに読み返した後になっても相変わらず村上春樹を好きになれる気はしない.ただ,自分が村上春樹を好きになれない理由は,脈絡の無い比喩表現にあって,時を経て読み返した物語そのものは意外と面白かった.

 「死は生の対極としてではなく,その一部として存在している」というこの小説のテーマとでもいうべき問題は,自分にとってあまり関心のある問題ではない.寧ろ,直子と緑の間で葛藤する主人公の,ある種傲慢である種ストイックな理屈と心理描写がとてもいい.7年前に読んだときにはまるで理解できなかった彼の思考が,今は自分のものであるかのようにわかる.感性のある部分が局所的にシンクロしているような錯覚すら覚える.何より勇気付けられるのは,彼の直子に対する行動や感情の中に,同情や偽善といった要素がこれっぽっちも見えないことだ.これが10年後に読んだら,きっとそうは行かない.この小説を読み返すのに,今以上の好機はなかったと言ってもいい.
 ハツミやレイコの心のうちも,ぼんやりと分かったように思うし,何といっても,生の力強さと未来への希望すら感じさせるラストに,まるで後味の悪さを感じなかった.好きではないからではなくて単に読む機会が無かっただけではあるけれど,村上春樹の最近の未読の作品『海辺のカフカ』や『1Q84』も,読んでみようかなという気になったのも大きな収穫の一つだ.

 東京に戻り,就職し,交友関係も生活環境もこの半年でガラリと変わった.変わったものもあるし,変わらなかったものもある.自分だけではなく,6年ぶりに見る景色や人の中にも,変わったものと変わらなかったものがある.
 さて,この本を読み終えたいま,自分は悩む.『ノルウェイの森』を話題にあげた友人は,ただただ時間をつなぐためだけにこの本を挙げたのか.或いは何か意図があったのか.こんなことを考えるのは,その友人に,直子やキズキに対して感じたのと似た一抹の危機感や不安を垣間見てしまうからだ.自分はワタナベか.

2010/08/22

宮下奈都『よろこびの歌』

よろこびの歌
よろこびの歌
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宮下 奈都
実業之日本社
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 宮下奈都『よろこびの歌』.短編集かとおもいきや,一つ一つの物語がつながっていて,何でもない女子高での一連の日々が,6人の視点で進んでいく.

 出来事にしてみたら本当に何でもない日常的な話で,展開上の面白さは何も無いといっていい.短編の一つ一つをハイロウズの曲にかこつけて描いているのも読む人が読めば安っぽく見えるだろうし,幽霊が見える,なんてテーマが紛れ込んでいるという点も自分を含めてお世辞にも文学的な高潔さは感じさせない.序でに,サブタイトルに併記された音階がドレミファソラシで1人目に戻ってくるのも,もう一人登場人物を加えてドレミファソラシドで一周させてくれないと,音階の美しさがまるで映えないじゃないか,なんて気持ち悪さもある.

 しかし.それなのに.

 読み終わった後の心地よさは何だろう.平凡な日常の中から見逃しがちな特別なものを発見し,拾い上げていく宮下奈都の視点の美しさ.況してや,今回の主人公が『スコーレNo.4』の麻子にも増して圧倒的な才能を秘めた少女だっただけに,彼女が再発見する才能の迫力と,それがまわりに伝播していく拡散の力強さがとても印象的だ.途中,ところどころ平凡なストーリーもあるけれど,読んでいながら読んでいて周りの雑音が一切聞こえなくなるくらいに引き込まれるシーンもある.主人公一人では眠ったままであったはずの才能が,友人の輪の中で一気に開花し,逆に友人達の才能に主人公も彼女達自身も気づき始める.人間の生きる喜びや面白さを,人の輪の中で発見していく面白さ.だから人生は面白く,美しい.そんな作品.

2010/08/19

宮下奈都ほか『コイノカオリ』

コイノカオリ (角川文庫)
角田 光代 島本 理生 栗田 有起 生田 紗代 宮下 奈都 井上 荒野
角川書店
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 恋愛小説の短編集.宮下奈都さんの短編が入っているということで購入.これを書いている時点で,宮下奈都の作品は残すところ一冊となってしまった.既に積読されている残り一冊を読み始めるのが哀しい.

 どの作品も期待していたよりは面白かった.同じ短編集で最近読んだものなら,『孤独な夜のココア』より年代と文化が近くて親近感がある.大人の女性達が抱える大なり小なりの問題が,異性の壁を越えて(というか自分の価値観はどちらかというと女性側にあるので)ピリピリと伝わってくる.それにしたって,宮下奈都の別格感は正直凄い.この本はAmazonで買ったのでレビューの高さは知っていたけれども,読み終わっていざレビューを読んでみると宮下奈都への圧倒的な支持率が痛快だった.

 宮下奈都の『日をつなぐ』については,古い短編ということもあって,その後の作品に再利用されているキーワードがところどころにある(スープとかブルーハーツとか).ただ,後々の青春小説と違ってシビアな題材を選んでいるだけに,物語り全体はとても危うくてスリリングだ.主人公の主観で見た修ちゃんでさえ心が放れていっているのは明白で,曖昧な形で終わる最後のシーンは,最早絶望的な予感しか感じさせない.このラストへ向けての数ページが急激に主人公への関心をそそるだけに,読む側には重々しい余韻がいつまでも残る.短編集のほかの作品達が,総じてハッピーエンドでないこともそう感じさせる原因の一つで,宮下奈都を知らないで読んだ人にはまた違った何かを感じさせるだろう.
 けれども,彼女の他の作品(特に『太陽のパスタ、豆のスープ』)を読んだ上でこの短編を読むと,ところどころに明るい兆しが見えないでもない.修ちゃんは,別れを決意して家に帰るだろう.しかし,豆のスープの匂いはきっと彼の気持ちを一瞬鈍らせてくれる.そこからまた取り戻せるものがある.そんな余韻を残す.そういう視点でこの物語を読み終えたとき,タイトルの“つなぐ”という言葉が絶妙に響く.作品の中で輝きだすものは何一つ無いけれど,読者に委ねられた余韻の中で期待が見える.そんな作品.

2010/08/15

(500) Days of Summer (2009)

(500)日のサマー [DVD]
(500)日のサマー [DVD]
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20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン (2010-07-02)
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 人に勧められて観たわりと新しい映画「(500) Days of Summer((500)日のサマー)」.女性達に向けられた映画というよりは,月並みな言葉ながら草食系男子に向けられた映画といった方がしっくり来る映画.Joseph Gordon-Levittの弱弱しさが光る.最近よくありがちな,物欲や性欲をさらけ出すようなオープンな価値観とは一線を画した落ち着きがあって個人的には好き(だからといって「Sex and the City」みたいなストーリーも嫌いじゃないけど).時系列をバラバラに並べる脚本もアニメーションを組み込んでしまう技法も,ミュージカルな演出も,特に革命的なものを感じさせるわけではないけれど,映像や小物のセンスの良さがこうした演出を引き立ててくれていると思う.

 ストーリーは,恋愛感の違う二人の,友達とも恋人とも言い切れない500日間を追ったもの.この映画は恋物語ではない,というオープニングでの忠告にも関わらず何かを期待して観てしまいがちな作品で,その期待はちゃんと忠告通り裏切られるのだけれど,最後の最後でコテコテのラブストーリーを予感させるところが面白い.
 また,映画を観ながら気になったのは,何度も反復される一部のシーン.監督が単にインパクトを狙ってそうしたのなら残念なのだけれど,個人的には,これが主人公とSummerの間に起こった出来事のほとんど全てなのだ,と思っている.平凡な日常生活の中で主人公の純粋な“気のせい”から始まった関係は,決して広くも深くもないものだったのだと,暗に主張しているように見える.

 何を偶然と思うか,何を運命と思うかは結局その人次第で,恋愛に限ったことじゃなく,小さな出逢いや偶然をいかに取りこぼさないか,いかにつなぎ止めるかが,人間関係を豊かにする秘訣なんだということを,最後に改めて確認させられる感じの映画だった.

2010/08/14

Invictus (2009)

インビクタス / 負けざる者たち Blu-ray&DVDセット(初回限定生産)
ワーナー・ホーム・ビデオ (2010-07-14)
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 Clint Eastwood監督作品,「Invictus(インビクタス/負けざる者たち)」は,1995年のラグビー南アフリカW杯を題材に,南アフリカの人種差別問題と復興を描いた映画.映画館で観よう観ようと思っていながらバタバタしていて結局観られなかったので,BDのレンタル開始日に借りてきて観た.

 スポーツ映画ではなく,あくまで本質は政治の映画.Nelson Mandelaの大統領就任をきっかけに変わり始めた南アフリカの人種差別問題と,その象徴の一つでもあったラグビーのナショナルチーム「スプリングボクス」.新たな南アフリカの誕生とその本質を世界に訴えるべく,Mandelaが切望した自国開催大会での優勝劇が,淡々と描かれる.

 ある意味で政治の道具として利用されるスポーツの姿に賛否両論はあるだろうが,自分自身は悪いことではないと思う.そもそも人間がルール化して作り出したものに,真理や不可侵性を求めることはナンセンスだ.
 ただ,この作品に関しては,尺の関係もあってか,Mandelaの存在感と本大会での激戦ばかりがクローズされてしまっていたのをやや残念に思う.そもそも,スプリングボクスの優勝にNelson Mandelaの影響力がどれくらいあったのかが,この作品からでは感じ取れなかった.酷な言い方をすれば,ただ激励をしているくらいにしか見えないでもない.それが本質なら,Pienaarの存在にもう少し重きを置くべきだと思うし,そうでないなら,政治的なキャンペーンのプロセスや成果をもっと綿密に描くべきだと思う.本大会までのプロセスが,田舎の子供たちを訪問する一つだけではあまりに乱雑だし不自然だ.そこにあったはずの別のキャンペーンや強化練習のプロセスを見せなければ,この物語の真の立役者が,政治側にあるのか選手側にあるのか判断しかねるところがある.それとも,単に自分の勉強不足のせいか.いずれにしても,時間のあるときに本でも読んで勉強してみたい.

 とは言え,政治色をあまり濃くしてしまってはそれこそ「スポーツは政治の道具ではない」という批判の的になってしまいそうではあるし,逆に選手達の努力に焦点を当て過ぎてしまえば,主題であるはずの人種差別問題との関連性が見えなくなってしまう.このジレンマを絶妙に舵取りしているのがEastwoodの手腕だといえばそうなのかも知れないが,個人的にはもう少しメリハリのある作品を期待していただけにやや残念.勿論,期待が大き過ぎたというだけで,作品は面白いし見応えのある映画だと思う.

2010/08/07

近藤雄生『旅に出よう―世界にはいろんな生き方があふれてる』


 3月まで京都で塾講師の仕事をしていたときの同僚が書いた本.本業ではライターをしている方で,新聞で彼の記事を読んだこともある.先日,京都から友人である別の元同僚が上京したときに,近藤雄生さんが最近本を2冊出版したという話を聞いて,早速購入した.この本はそのうちの一冊だ.
 仕事の合間に,彼の経験については色々と伺ったことはあるけれども,読んでみるとやっぱり面白かった.

 この本を読んで感じたことは,「うらやましい」と「悔しい」の二つに尽きる.

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 元々旅好きだったことに加え,下川裕治や高校時代から好きだった沢木耕太郎の影響もあって,大学に進学してからも暫くはライターみたいな仕事にぼんやりとした憧れを抱いていた時期がある.世界中を旅して,多くの世界を知りたいと思った.尤も,当の自分に世界を放浪できるほどの経済的な余裕は無かったし,せっかくつかんだ京都での生活を満喫するだけで精一杯だったから,海外を旅するのは後回しになっていた.ようやく世界に飛び出したのは大学院に進学してからで,そこから13カ国を放浪(中学時代と併せて16カ国).文化の違い,歴史の違い,価値観の違い,その全てが新鮮で,まだまだ歩き足りないと思いながら,社会人になってしまった.

 いまになって思えば,親に借金をするなり,大学を休学するなりして,いくらでも世界を渡り歩くチャンスは作れたのだから,結局その一歩を踏み出さなかった自分が悪いのだ.近藤さんが旅に出たのは27歳のときのこと.18歳のときに同じようなことを思っていながら,結局,中途半端でとどまっている自分はあまりに小さい.
 仕事を始めて間もないが,今の仕事に誇りや使命感を感じているわけではない.ただただ,数学や物理学の手法を使える面白さにおぼれていると言ってしまえば,それまでかも知れない.今の仕事で一番抵抗があるのは,スーツを着ることと,お金がモノサシになってしまっていることだ.お金ではかれるものなんて,世界のほんの一部のそのまた一部でしかないのに.

 今の仕事は面白いし,実際問題,一番リスクの少ない道の一つではあるから,とりあえず気が向くまで頑張ってはみるつもりでいる.ただ,自分の場合,俗世の権力や名誉にはあまり興味がなくて,例えば途上国の片田舎で自給自足の生活を余儀なくされても,結構楽しめてしまう,それどころかそれを歓迎してしまう人だから,社会人になったいまも,そういう世界とのつながりを閉ざさないでいようと改めて思ったのだった.思い立ったその日に,いつでも旅立てる心構えをしておきたい.

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 近藤さんの経験はとても貴重なものだが,いまや旅行記なんてweb上のどこにだって転がっているし,面白い経験談ならこの本でなくてもいくらでも探せるだろう.それでも尚この本が面白いのは,この旅行記が,ルポタージュと違って主観に溢れているからだ.どういうことがいけなくて,どういうことがいいと思うのか,何が問題ではなくて,何が議論されるべきなのか.旅の先々で出会った人や出来事を,掘り下げていく観察眼も素敵だ.立場を明らかにしてしまうことが却って足元を無防備にしてしまういまの時代,あちこちに転がっている文章はどれもこれもルポタージュになりがちだけれども,彼の主観は,彼の旅の経験に命を吹き込む.そういった主観が,自分が日ごろ気持ちの奥で抱えている価値観とかなり重なっているのも,この本を一気に読めた理由の一つだ.

 岩波ジュニア新書ということもあって,中学生でも読めるような平易な一冊.だからこそ,いまの日本の中学生達には是非とも読んで欲しい一冊だ.日本の教育は概ね,(小さい頃は)客観的な知識を与えることばかりに力を入れがちで,主観はともすると危険な思想や宗教にさえ結び付けて語られがちだけれども,彼の主観から見える景色は,決して人を傷付けることはないだろう.

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 同じような価値観を感じていながら,その主観を誰とも共有出来ないままでいる自分がふがいなくもあり,悔しくも感じた.

 あとで,近藤先生に連絡をしてみよう.

2010/08/04

宮下奈都『太陽のパスタ、豆のスープ』

太陽のパスタ、豆のスープ
宮下 奈都
集英社
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 『スコーレNo.4』の宮下奈都さんの本を読みそろえてみようということで,買った二冊目が『太陽のパスタ、豆のスープ』.スコーレを先に読んでしまっていると,拍子抜けするくらいに地味で狭い話に見えるし,表現も,展開も,密度も,センスも,どれを取っても二番手といった感じがしてしまうけれど,それは比べる相手が悪いだけのこと.読んでいる最中も,読み終えたあとも,ポカポカした膜のような幸福感に包まれるいい小説だった.女性らしいかわいい感性に,客観的というよりはかなり主観的に共感してしまった.

 スコーレの麻子と違って,主人公の明日羽は一癖ある家庭環境も,卓抜した才能も持ち合わせていないけれど,マイナスからゼロへ,ゼロからプラスへ踏み出すストーリーは元気をくれる.料理をモチーフにしている点ではたまたま『それからはスープのことばかり考えて暮らした』とも重なっているけれど,こちらは料理そのものというよりは,日常の大切さや仕事の意義,生きる意味みたいなものを,豆のスープに凝縮した感じ.

 『スコーレNo.4』ほど洗練された傑作ではないけれど,“あとで読み返したいなぁ”と思って貼ってみた付箋の数は,スコーレのそれより多かった気がする.結局,生まれながらの肩書きや才能はないものの,日常に人一倍楽しみを見出していると自負している自分に,少なからず共感するところがあったのだと思う,
 思わぬ人に会って隠れてしまいたい気持ちだとか,雨の日に感じる憂鬱さと愛おしさだとか,お金に対する感覚だとか,心が洗われもするし,救われもするような感性が沢山ある.特に,お金の感覚は,どうにもいまの仕事が自分の価値観と正反対をいっているように感じるジレンマみたいなものをスッキリさせてくれて,一石二鳥.

 まずは仕事を一週間くらい休んで,延々と料理し続けるような休日を過ごしたいな,なんてちょっと思った.そのためにはまずキッチン.この本を読んだあとで文房具屋さんに寄って,ちゃっかり“ドリフターズ・リスト”を作ってしまったミーハーな自分を応援しよう.

2010/08/03

田辺聖子『孤独な夜のココア』

孤独な夜のココア (新潮文庫)
田辺 聖子
新潮社
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 田辺聖子の短編集.この本が出版されたのが1978年だということを知った上で読むと,なかなか感慨深い.昭和の大人たちの恋のある面が今とそう変わっていないという安心感と失望感を感じ,一話一話を読み終えてみるとそれぞれ温かさが残る感じ.決して美談ばかりではなくて,むしろ後ろめたい話の方が多いから,読み始めは億劫な気さえするのだけれど,結局全編飽きずに読み終えてしまった.

 個人的には,まるで恋愛小説のエッセンスを漂わせない「中京区・押小路上ル」が好きだ.土地勘があるから話の舞台が見えてしまうというのもあるけれど,誇りや意地を自覚しないままに,それでも伝統を守っていく京都人の本質みたいなものまで見え隠れして,懐かしくなった.

 ただ,どうにも大阪弁に抵抗を感じてしまう.文字として,しかも恋愛小説として大阪弁を書き起こしてみると,これほどまで違和感のあるものになってしまうのか.

2010/08/01

中村航『夏休み』

夏休み (河出文庫)
夏休み (河出文庫)
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中村 航
河出書房新社
売り上げランキング: 17984

 再びジャケ買いした小説.……何一つ心に残る部分がない.共感も出来ないし,美意識の感覚も違うし,感動する場面も一つもなかった.大体,物語のクライマックスがスマブラって何だ.ごくたまにいいフレーズが響いたこともあったけれど,頻繁に登場する君の悪い科学かぶれの表現にたちまちかき消されてしまった.

 “煙のすじはエントロピー増大則に従って拡散し,やがて白い壁と同化して消える”
 “pH値2.08をたたき出す草津もすごいが”

 極めつけは,人の悩みを数量的に解明するための方程式が「W=Fa/α」なんて始末.これ以外にも,論理学や自然科学のエッセンスを組み込もうとして世の中の全理系人を敵に回すような気持ち悪さが随所に光る.
 高校時代の自分が小説を書いたら,実は結構同じような使い方をするんじゃないかという気がしないでもないけれど,一見自分と近そうでいて,自分とは限りなくピントのずれた作品だった.好きな人は好きなんだろうけれど,純粋さでもSF性でもエンタメ性でも表現でさえも,『涼宮ハルヒの憂鬱』の方が圧倒的に面白い.あとは,ジャケ買いした最初の二冊が傑作過ぎたのも損に働いたかも知れない.

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