2011/02/28

The King's Speech (2010)

 「The King's Speech(英国王のスピーチ)」は2010年のイギリス映画.英国王のGeorge6世が,言語聴覚師のLionel Logueと共に自身の吃音症を克服していく物語.今年のアカデミー賞候補作品ということもあり,賞発表前の公開初日に劇場へ足を運んだ.
 前評判が非常に高く,評判の安定感では「The Social Network(ソーシャル・ネットワーク)」の上を行っていたと思うのだけれど,個人的には「The Social Network(ソーシャル・ネットワーク)」の方が断然好き.作品そのものは非常に良い作品だけれど,世界大戦の複雑な情勢下の,王室という極めて政治に近い場所をモチーフにしているにもかかわらず,政治的なリアリティが完全に削ぎ落とされてしまっていたのが残念だった.ChurchillやHitler(映像のみ)など当時の戦局を左右する大物が登場すれば,ドロドロした政治の裏側の描写も期待してしまうのだが,王室のイメージと政治の薄黒さを結び付けたくない意図もあってか,あくまで英国王の形式的な公務にのみ焦点を絞った描き方はちょっと物足りないものがある.国王の存在が,国民にとっていかに大きな存在で,支えになっているかということが強烈に伝わってくる反面,大戦下であっても国王の公務なんて高々その程度のものなのかという失望感もないではない.

 映画の良かった点を挙げると,舞台の作り込みとカメラの色彩がとても良かった.王室の豪華な一室から,街のいち聴覚師の庶民的な部屋の家具まで,細部へのこだわりが感じられる.その素材に歴史的な匂いを加える,くすんだカメラの色彩もとてもいいスパイスだ.現代の映像技術で20年位前の映画を撮ったような,ノスタルジーがあっていい.
 俳優人の演技も素晴らしい.吃音症という難しい役柄を上手く演じた(日本語の吃音症とは少し違うイメージも感じたけれど)Colin Firthも勿論だけれど,厳かなイメージの強いGeoffrey Rush(個人的に「Les misérables(レ・ミゼラブル)」の印象が強い)の優しい表情の作り方がとても良かった.

 最後に余談.主人公が吃音で話に失敗してしまうシーンや,その兄が弟の吃音症を嘲るシーンなどで,ケラケラと笑う観客が少なからずいたのだけれど,その感覚が理解出来ない.ウィットに富んだ笑いどころはほかに幾つもあったはずなのだけれど,デリケート且つシリアスなシーンでしか笑えない観客の浅さがショッキングだった.

2011/02/21

Die Fälscher (2007)

ヒトラーの贋札 [DVD]
ヒトラーの贋札 [DVD]
posted with amazlet at 11.02.21
東宝 (2008-07-11)
売り上げランキング: 40548

 「Die Fälscher(ヒトラーの贋札)」は,2007年公開のドイツ・オーストリア合作映画.アカデミー賞外国語映画賞を受賞した作品で,ナチスが主導した強制収容所のユダヤ人技師たちのポンド紙幣贋造作戦(通称ベルンハルト作戦)を題材にした映画.

 昨年,アウシュビッツ強制収容所を訪れて以来,しばらくホロコースト関係の映画を観たいとは思わなかった.というのは,自分自身がアウシュビッツで感じたことは,「ナチス=悪,ユダヤ人=被害者」という常識的な構図ではなかったからだ.勿論,ホロコーストの惨劇は実在しただろうし,ナチスの迫害政策は人として到底許せるものではないが,アウシュビッツの見せ方はどちらかといえば,歴史的に迫害され続けてきたユダヤ人達が自分たちの権利を必要以上に主張する政治的道具にしている印象が少なからず感じられた.戦争当時,ナチス党員の中にも善人はいただろうし,ユダヤ人の中にも犯罪者はいただろう.そういうミクロを完全に遮断して,善と悪との分かりやすい対立構造を必要以上に煽る歴史の語り方は,却って贔屓的な意味での人種差別を助長しているようにも見える.

 そんな折,先日,久し振りにMélanie Laurentが見たくて「Inglourious Basterds(イングロリアス・バスターズ)」を観直したら,どういうわけか物凄く面白かった.多分,一度観てグロテスクなシーンや過激な描写も先が見えているから,純粋に物語を堪能出来た,ということもあるのだけれど,それ以上に,善悪の対比で第二次大戦を描いていないところが印象的だった.

------------------------------

 余談が長くなったけれども,この「Die Fälscher(ヒトラーの贋札)」も又,ホロコーストの隠れたリアルを描いている.ユダヤ人を被害者として必要以上に美化せず,ベルンハルト作戦の失敗を必ずしもユダヤ人達の功績として讃えない.主人公は正真正銘,犯罪者の腕利きの贋造師であり,技術者たちは技術ゆえに,収容所にあっても人並みの生活に恵まれたのだ.しかし,柔らかい布団も,温かい食事も,作戦の成功なくして続きはしない.生きる為に従うか,高潔の為に死ぬか.「今日の銃殺よりも明日のガス室の方が良い」と頑なに生を求め,宿敵ナチスに媚びを売ってでも自分と仲間を生かそうとする主人公Sorowitschと,確固たる信念と家族への愛ゆえにナチスの作戦に加わることを拒絶し,反旗を翻そうと画策するBurgerの,同じユダヤ人の間の対立構造こそがこの映画の見どころだ.

 物語は,Sorowitschの心境の変化と共に大きくクライマックスを迎えようとするが,その勢いは終戦の一方と共に行くあてもなく拡散していく.結果的に,Sorowitschの意志によって技師たちは生き,Burgerの意志によって技師たちはナチスを斃したのだが,その根底にあったのはユダヤ人の美談ではなく,ジレンマに揺れた人間模様でしかない.生にしがみ付くSorowitchの仲間たちへの愛に溢れるシーンや,Burgerの気高い理想によって仲間たちが死の直前まで晒されるシーンも,善とは何か,悪とは何かを改めて問い質す.

 善と悪とに絶対的な境界線などなく,時代や場所によってその答えは刻々と変わる.況してや,境界線そのものが無いかも知れない.という,ごくごく当たり前のことをホロコーストという極限的な惨劇の中で描き出したこの映画は,紛れもなくリアルであり,ホロコーストを題材にした映画の中でも数ある指折りの傑作だと思う.

------------------------------

 最後に,二つばかりコメントを付け加えておく.一つは,この映画の贋造技師たちが美術の心得のある者たちで,KandinskyやらEgon Schieleやら当時の名だたる画家達の名前が物語の随所で散りばめられているのは隠れた楽しみの一つであるということ.もう一つ,「Inglourious Basterds(イングロリアス・バスターズ)」がバカ受けして,この映画がアカデミー賞を受賞しながら今一つパッとしない理由として,前者はコメディであり且つHitlerを虐殺するという“痛快”な結末があるからで,後者はBurgerの功績をあくまでユダヤ人の英雄伝として描き抜かなかったからではないかと思う.

Wall Street: Money Never Sleeps (2010)

 Oliver Stone監督の「Wall Street(ウォール街)」の続編として今年公開された「Wall Street: Money Never Sleeps」.公開初日に映画館に観に行ったところ,団塊の世代から氷河期世代の企業戦士を思わせる中高年が客層の大半.それだけ,前作の「Wall Street」が一部のサラリーマンには衝撃的な作品だったということだろうか.今回は,Lehmanショックの時代を舞台とした新しいWall Streetが描かれた作品.事前の評判は良くなかったものの,前作だってそれほど評判のいい映画ではなかったしその辺りは気にしなくていい.序でに,前作を観ていた方がプラスアルファで楽しめるシーンもチラホラある(例えばCharlie Sheenの登場シーンとか)が,知らなくても十分観られる映画.

 さて,この映画.何といっても音楽が抜群にいい.Oliver Stone,Craig Armstrong,どちらのセンスなのか,Brian Eno & David Byrneの「HOME」に始まり,80年代的な聴き心地のいい音楽が続く.エンディングの「This Must Be The Place」もラストシーンに溶け込んで希望を感じさせるテクノポップ.これら挿入曲一曲一曲のテーマも,(この映画に沿った)「人生」であったり「家族」であったりと,到底,金融の世界とは結びつかないようなあたたかいものばかり.最早,2000年代のハイブリッドファイナンス時代に逆行した,古き良き時代へのカタルシスすら感じさせる選曲だ.





 それもそのはず,そもそもこの映画は前作はもちろんのこと,「ハゲタカ」のようなファイナンスの狡猾な食い争いを描くというよりは,家族愛や人生観を問うた人間ドラマに近い映画なのだ.それ故に,Wall Streetのシビアな戦いを期待して映画館に足を運んだサラリーマンにとっては肩透かし間違いなしの映画なのだろうけれど,個人的には前作より圧倒的に今作押し.稼げるときに一気に稼いで引退するのがアメリカンドリームじゃない.恋人,家族,家庭,愛,尊敬,消費,ものづくり,そういう古き良き時代のアメリカンドリームを髣髴とさせることこそがこの映画の狙いだといってもいいのではないか.

 ファイナンスの面で言えば,悪役的な位置付けのC.S.社(明らかにG.S.を意識している)も裏表ともに生ぬるい代わりに,"Investment" Bankの名に恥じない硬派な商売を手掛けていて(それでもフュージョンだの新エネルギーだのも相当マユツバではあるけれど),いわゆるあくどいWall Streetのイメージを払拭させる意図も見え隠れする.主人公の母親が手掛ける中古住宅市場でも,投資としてではなく居場所としての家を象徴的に描き出しているのも,アメリカのサブプライム問題をこれ以上悪化させない為の心遣いというかキャンペーンというか.それでも,個人的にはコモディティも住宅もやっぱり最初から投機手段として見るべきじゃないと思っているので,この映画のコンセプトは嫌いじゃない.
 最後の最後はweb広告に全部いいとこどりされてしまうのは滑稽だけれど,情報が唯一無二の商売道具だという金融の本質を一貫してよく見せていたと思う.強いていえば,前半の風説の流布,株価操作を罰せられないようならアメリカの株式市場も相当ヘタレだなと思ったくらい.

2011/02/20

アルブレヒト・デューラー版画・素描展

 レビューを先延ばしにしていたら既に終わってしまった「アルブレヒト・デューラー版画・素描展」.年明け間もなく,浅草寺に初詣に行きがてら気まぐれで観に行ったのだけれど,これが想像以上に満足の美術展だった.Albrecht Dürerはドイツのニュルンベルク出身の,油絵,版画など広いジャンルの絵画を残した画家で,アルテ・ピナコテークや美術史博物館の作品は勿論,ニュルンベルクでDürerの家にも訪れた経験があり,個人的には割と馴染みの深い画家の一人だと思う.

 ただ,どうしても油絵に目が行ってしまいがちで,なおかつあまり彼の油絵に圧倒的な魅力を感じたことはなかったものだから,今回の美術展も話のタネに,くらいのつもりで訪れたのだけれど,科学の素養もあった彼のバックグラウンドゆえだろうか,人一倍緻密に描かれた版画や素描はアンティークの精密機械を観るような面白みがある.

 また,今回は欧州の美術展ではなくオーストラリアはメルボルン国立美術館からの作品が殆どで,却って知っている作品が殆ど無かったのもよかった.一番衝撃的だったのは,「マクシミリアン1世の凱旋門」で,49枚の木版画を繋ぎ合わせた高さ3mにも及ぶ版画なんてそうそうお目にかかれる代物じゃない.作品そのものは大きくても,部分部分の緻密さは相変わらずで,むしろ実物の建築を遠目に見るよりも目が肥えそうなくらい細部まで見応えがあった.

 Dürerに限らず,絵画というとどうしても油絵が王道,みたいに思ってしまいがちだけれど,この企画展はそんな思い違いを一掃させてくれるのに十分なインパクトを感じさせてくれた.個人的なところで言えば,自分は水彩にしても油彩にしても,昔から色を塗るのが滅法苦手なたちだったので,趣味で美術を再開してみるには版画や素描がいいな,なんてふと思ってみたりもした.尤も,それが老後になるのかはたまた結局思っただけで終わってしまうかは分からない.

バタイユ『マダム・エドワルダ/目玉の話』

マダム・エドワルダ/目玉の話 (光文社古典新訳文庫)
バタイユ
光文社
売り上げランキング: 177660

 映画「Before Sunrise(ビフォア・サンライズ)」の冒頭の電車のシーンで,Julie Delpyが読んでいるのがこのバタイユの『マダム・エドワルダ』.高校時代にバタイユがやたら好きな先生がいて,教科書を一度も開かずに数週間に渡ってバタイユのエロティシズムについて語ってくれたのはよく覚えているのだけれど,実際に読んでみるとなるほど凄まじくエロティックな作品.下手な官能小説よりも生々しく,それでいて美しいと言えるような魅惑的な一冊だった.

 特に,タイトルにもなっている「マダム・エドワルダ」は短編で,本にして30ページ足らずの作品ではあるものの,娼館で出逢ったマダム・エドワルダとの肉体関係を通じて,男女の境界線,人間同士の境界線,人と神との境界線を読者に問うていくような奇妙なストーリーは強烈なインパクトを残す.況して,仮にもキリスト教圏のフランスで70年も前に娼婦と神とを同一視するだなんて,あまりにセンセーショナルな作品だと思う.短い文章の中に凝縮された明確なエロティシズムと曖昧な人間観は,小説や映画で表現されるべきものではなく,むしろ絵画を通じて観るものに近い.まさに,読み終えた後の感触はといえば,物凄い迫力の宗教画を長い時間見続けた後のような恍惚感がある.

石原慎太郎『太陽の季節』

太陽の季節 (新潮文庫)
石原 慎太郎
新潮社
売り上げランキング: 13332

 現東京都知事,石原慎太郎の芥川賞受賞作品『太陽の季節』.昨年の青少年健全育成条例にかこつけて,石原慎太郎の過去の著作が一部で大バッシングを受けていたのをきっかけに読んでみた.尤も,自分もれっきとした一東京都民.彼の作品を読んでおいて悪いこともないはず.

 さて,昨今一部で浴びている批判の通り,物語の展開やキャラクターを見ている限りでは,著者の人間性を疑いたくなるくらいに酷い作品と言われても仕方ない.自分も,このストーリーそのものを受け入れられる類の人種ではない.しかし,そこに表現される若者の本質,悪意,時代性,苦悩はとてつもなく生々しく,主人公とまるでベクトルの違うはずの自分ですら頷いてしまえるほどに,心情描写は論理的であり巧みであると思う.20代の学生が書いただなんてとても思えない,芥川賞納得の作品だと思う.

 石原慎太郎が,この作品を是として書いたか非として書いたかは分からないけれど,時代性を勘案した上で,ある種の社会風刺だと思えば尚のこと価値ある作品ではないか.いや,今の時代でこそ(発表された当時の若者の実情を知ることは出来ないが)このストーリーはリアリティに満ちている.或いは,無意識のままに秩序を壊す現代社会に比べれば,悪意を持って秩序を壊す『太陽の季節』の方が人間的かも知れない.

加藤千恵『誕生日のできごと』

誕生日のできごと (ポプラ文庫ピュアフル)
加藤千恵
ポプラ社 (2010-09-07)
売り上げランキング: 99380

 Amazonでふと目について買った一冊.ごくごく普通の青春小説ではあるけれども,毎年の自分の誕生日だけを切り取って日記的に綴っていく構成が可愛らしい.構成ゆえに,物語はリズミカルに進み,読みやすいけれど,かといってその構成が物語の輪郭を鮮明にしているかといえばそうでもなく,やっぱり至って普通の青春小説.話題も基本は恋愛関係だけだし,時間と共に成長するというよりは硬化していくといった方が近い.文章や視点に特別なものがあるわけでもない.主人公の年代的には,高校生から社会に出るまでの時間を扱っているものの,どちらかといえば中学生あたりに人気が出そうな今風の小説だと思った.

 読むのが遅い自分でも,布団にもぐりながら一時間半くらいで読み終えてしまえるくらい,気軽に読める本なので,ちょっとした電車の長乗りや,どういうわけか眠れない夜なんかに手に取ってみるにはいい本.

© Crescent Moon - Template by Blogger Sablonlari - Header image by Deviantart