2011/09/29

雑記#012

ダイエット SHINGO
ダイエット SHINGO
posted with amazlet at 11.09.29
香取 慎吾
マガジンハウス
売り上げランキング: 189730

【6月中旬】
体重:85㎏
体脂肪率:26%

【9月上旬】
体重:66㎏
体脂肪率:10%

 最早いまは完全にスポーツマン体型.というわけで久々に大幅な減量をやってのけたのだけれど,もう若くないということなのか,身体のあちこちに弊害が出て来た.もう少し体脂肪率を落とそうかとも思っていたのだけれど,やっぱり大幅な体重の増減は身体に負担が大き過ぎる.

 高校時代の後半くらいから,
①痩せようと思えば痩せられる.
②甘いものと油っぽいものとしょっぱいものを食べ放題.
③20㎏くらい太ったところで何かをきっかけに減量.
というサイクルを周期的に繰り返して来たのだけれど,太るときも不健康な太り方,落とすときは限りなく健全な落とし方ではあるもののペースが急過ぎて身体に過剰な負担,という感じだったので,常に身体のどこかは痛めつけてたといっていい.

 年も年なので,これからは「現状キープ」を意識しよう.食べ過ぎたら少し体を動かす,落ちそうなら食べる量を増やす,一人暮らしが長く食べたいものをやや優先的に食べてたところから,バランスも今まで以上に考える.

 そういってライフサイクルをいろんな面でガラッと変えて一週間.
 やっぱ健康が一番だな,と納得せざるを得ないくらい快調です.

2011/04/10

朝比奈あすか『憂鬱なハズビーン』

憂鬱なハスビーン (講談社文庫)
朝比奈 あすか
講談社 (2010-10-15)
売り上げランキング: 519639

 『彼女のしあわせ』が面白かったので,同じ著者の代表作として購入.東大卒で有名企業に就職するも,同じく東大卒の弁護士さんとの結婚で専業主婦に.そんな主人公が抱える不満や憤りが描かれる.

 多分,バックグラウンド関係なしで読んだら,意外性や発見があるのだろうけれど,自分としては寧ろ日常的なストーリーだったというのが正直な感想.世間的に勝ち組と言われる人種の憂鬱,みたいなものがテーマの一つだと思うのだけれど,自分も世間的には高学歴,大手企業の本部勤務,という似たような境遇なので,周りで落ちぶれていった人間は幾らでも見ているし,寧ろ学歴なんて本人の幸せとは何の関係もないと確信しているクチなので,ごくごくありきたりな拗ねた女性の物語になってしまった感がある.

 この物語から得られる教訓は,人のせいにするな,ということ.主人公は,自分の育ってきた家庭に大きなコンプレックスを抱くと同時に,自分の経歴に大きなプライドを持っている.そして,現状の憂鬱をそれらにあてつけてしまっている感があるのだけれど,結局は自分が選んだ道でしかないのだ.加えて言えば,彼女の不幸は,それ以外の選択肢を考える余裕がなかったところにあると思う.

 先日,立教新座高校の校長の言葉(http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/)が大きな話題になった.この校長の言わんとすることは,自分が高校時代からずっと思い続けて来たことでもあり,時には説教がましく受験生に投げかけても来たことでもある.同じ大学に進学するにも,ほかに道は幾らでもあって,それらを比べた上で自分がこの道を選ぶということが大事なのだ.会社に入るにも,有名企業に就職することではなくて自分の意志で納得した進路を選ぶことが大事なのだ(就職市場の歪みっぷりからなかなかそれは難しくもあるのだけれど).
 この物語の描く“日常”は,日本社会のおかしな仕組みを感じさせた.

朝比奈あすか『彼女のしあわせ』

彼女のしあわせ
彼女のしあわせ
posted with amazlet at 11.04.10
朝比奈 あすか
光文社
売り上げランキング: 323506

 本屋さんで見かけてもこのタイトルなら絶対に思いつきで買ったりはしないけれど,Amazonのおススメで挙がって来たのが目について,そこそこ評判も良かったので試しに購入.到着したその日に読み始めて,その日のうちに読み終えてしまった一冊.仕事が忙しくなって来た年明け以降でこういう読み方をした本は珍しい.

 母と三人娘の物語が,それぞれ短編として収録されている.こういう,短編だけれど実は長編,というスタイル,最近の流行なのかな.文才のある人がやると,関係性が見えたときに推理小説でトリックが明かされたときのような衝撃がある.この小説では元々一人称がそれぞれ家族ということが明かされているので,推理小説的な驚きはないものの,一つの家族の中の様々な視点や秘密の設定が緻密で,これまた面白い作品だった.

 三女は新婦さん.人に言えない過去の傷跡と,生まれつき抱えた身体の問題を抱えつつ,素敵なフィアンセと共に温かい一歩を踏み出す.次女は田舎暮らしの奥様.勢いで転居,結婚,出産と駆け足で人生を走る中で,見失いがちだった夫婦の絆やママ友との支えあいを取り戻していく.長女はバリバリのキャリアウーマン.自分の中の価値観と,周りの求める価値観とのギャップに煮え切らない思いを抱えるも,仕事の中で答えの形を確かめながら新たなステップを踏み出す.母は専業主婦.娘たちの多種多様な生活を垣間見て,自分の人生に穴のようなものを感じつつも,他人も持つ様々な穴を垣間見つつ,自分の立ち位置を模索していく.

 自分が男性だからかも知れないけれど,最近よくありそうなタイトルでは勿体ないくらい色々な発見のある一冊だった.女性的な視点で見れば,男性にこそ読んで欲しい一冊,なんじゃないだろうか.

宮下奈都『メロディ・フェア』

メロディ・フェア
メロディ・フェア
posted with amazlet at 11.04.10
宮下 奈都
ポプラ社
売り上げランキング: 109275

 宮下奈都さんの最新作,『メロディ・フェア』.発売されて直ぐに購入し,買ったその日に読み終えたものの,レビューは随分と遅れてしまった.宮下流ともいうべき,才能や幸福の芽を発見する,というやり方は相変わらずで,前作での少し趣向の違った作品からまたカムバックしたかと思いきや,今度は“気づき”の小説ではなくどちらかと言えば“気づかせ”の小説といった視点.

 田舎の化粧品店に勤める主人公(ちなみに自分の中でのイメージは折笠富美子さん)が,ビューティーパートナー(美容部員)として,周りの人たちを“メイク”していく.化粧を良しとしない家族,勤務先で再会した小学校時代の変わり果てた親友,自分を頼ってきてくれるお客さん,職場の凄腕の先輩,頼りないマネジャー.そういった周りの人たちとのやり取りの中で,彼等,彼女等のしあわせを引き出していく.

 という物語も良いのだけれど,個人的には化粧のなんたるかが少し理解出来たような気がするのが大きな収穫だったかも知れない.自分は,母親も近しい女性も全く化粧をしなかったし,今でも女性はスッピンが一番美しく見える人なので,イマイチ化粧の魅力を理解しかねるところがあった.その点については以前から機会があると女友達と散々議論をして来たけれど,やっぱり彼女たちの主張の数々も今一つしっくり来なかった.
 けれどこの小説で一つ,多分こういうことなんだろう,と自分なりに噛み砕いたことは,「化粧すること」が大事なのではなくて,「適当な色で適当な化粧をすることで,より一層綺麗な(或いはTPOに合った)顔になれる」ことがミソだということ.不適当な化粧は却って毒,スッピンでもあなたはあなた.それでも尚,最高の化粧をすることによって変わる世界がある,とでも言うか何というか.

 ビューティーパートナーという仕事がどれくらいメジャーなものなのか今一つ分からないけれど(多分デパートの1階の化粧品売り場でスタンバイしている人たちもその類なんだろうと思う),やっぱり日本の女性の大多数は合わない化粧で損をしていると思うので,こういう本職の方々の腕前がどれくらいスゴいものなのか興味が湧いた.

雑記#011

 雑記なんてカテゴリを作っていたのをすっかり忘れていた.

 昨日,最新版の安い世界地図を買って来て,今後の旅行計画を練る.Vermeerの作品が年末にも3点来日することもあって,以前から検討していたオランダ渡航は一旦保留することにしたからだ.

GLOBAL MAPPLE 世界&日本地図帳

昭文社
売り上げランキング: 1560

 以前から興味のあった場所に加えて,今夜,予算や時間的余裕などから向こう数年で訪れたいと考えた場所を5カ所,ピンポイントでリストアップしておこう.

○サナア(イエメン)
 現存する世界最古の都市とも呼ばれる街.3年前にカタールを経由する関係で中東の街を調べて以来,最も訪れたい街の一つであり続けている.不安定な政情を考えれば,学生時代に行っておけば良かったと思う.自分自身は危険地域に行くのに抵抗はないけれど,会社側が渋りそう.

○キリマンジャロ(タンザニア)
 最近,自分の中でトレッキング熱が上がっていることもあり,来年,再来年あたりで登頂に挑戦できないものかと思う.高い山の中では比較的登りやすいということもあり,長期連休を使えば十分狙える圏内.アフリカ来訪という意味でも,是が非でも実現したい.

○サンクトペテルブルグ(ロシア)
 調べていたら,単発なら今年行けそうな気配.ロシア入国は他の国と違って手続きが面倒なので,都市を絞ったツアーに乗るのもアリだ.エルミタージュ美術館を中心とした旧跡に加え,数学者オイラーの足取りを辿りたい.

○マチュピチュ(ペルー)
 世界の文化史跡の中ではダントツで興味のある場所.ただ,日本人のツアー観光客が多いんだろうなと思うとやや後手に回る場所でもある.もしも訪れるとなれば,インカ帝国の歴史については十分勉強してから臨みたい.

○エルサレム(イスラエル)
 世界史のみならず,世界の政治・経済を考えるうえでどうしても訪れておきたい街.昨年,アウシュビッツを訪れて以来,ユダヤ世界の印象が良い意味でも悪い意味でも激変した.パレスチナを巡っては,本で読んだ知識ではなく,自分の目で真偽を見極めたいテーマが幾つもある.ただ,パスポートにイスラエルへの入国歴があるとほかの中東諸国の入国許可が下りないなどの制約もあるようなので,慎重に見極めたい(別紙にスタンプを押してもらうなどの措置は可能な模様).

 日本で仕事をしている以上,行きたい場所すべては回れないことを考えると,ある程度お金を貯めたところで日本を出て旅人として細く貧しく余生を楽しむのもいいなと思う.

2011/03/12

ORANGE

 今回の大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致します.
 自分も,東北にいる弟と長らく連絡が取れず,昨晩は寝る間を惜しんで情報収集とあらゆる方面からの連絡に明け暮れていましたが,今朝無事安全を確認出来,ほっと胸を撫で下ろしています.今後も余震や火災等を含め大きな被害拡大が予想されますが,出来る限りの協力をしていきたいと思います.

------------------------------

 「ORANGE」は劇団「PEOPLE PURPLE」による,阪神淡路大震災をテーマにした舞台.もう長いこと公演が続けられている演目とのことだけれど,以前から知っていたわけではなく,たまたま折笠富美子さんがゲスト出演されるとのことで観に行った.奇しくも今回の大震災が起こるほんの20日ほど前のことだ.震災の惨劇と報道されなかった裏側を描いた演劇だっただけに,逸早く記事に出来なかったことが悔やまれる.“ヤシマ作戦”に乗じて,パソコン以外の電気機器の電源を切りつつ,それでも今この記事を書くことに多少の意味があるような気がしてパソコンに向かう.

 主人公は二人の消防隊員.オレンジの防護服をまとい,レスキュー隊員として日々,火災現場での救助にあたる.物語は,精鋭部隊として特別任務を負う彼らと仲間達が10年前の震災で経験した苦渋と,現在の仕事への思いを描く.
 物語の根幹は,阪神淡路大震災での救助活動にある.地震に伴う倒壊や火災から人々を救助するために現場に向かったレスキュー隊員達が見たのは,凄惨な被災現場だった.四方八方から上がる煙,倒壊した家屋,パニックに陥った人々,あちこちから響き渡る悲鳴.被災当初こそ目の前で苦しむ人々の救助に全力であたっていた隊員達だったが,間もなく本部から下された命令はトリアージ(キャパシティ以上の災害下において優先度を決めてあたる救助活動)だった.

 “一度声をかけて返事がなければ次の現場へ”.

 家の下敷きにされた子どもの救助を求めて必死で泣き叫ぶ家族を横にして,たった一度返事がなかったことを理由にその場を立ち去らなければならない悔しさ.人を助けることにこそ使命感と誇りを感じているレスキュー隊員達が一番悔しいにも関わらず,突き放された家族からは税金泥棒,役立たず,悪魔と罵られる隊員達.そういう憎しみの連鎖が続く.
 レスキュー隊員達自身の家族もまた,震災の被害者である.家族の死亡を告げられて尚,病院に向かわず震災後5日間救助にあたった隊員もいた.しかし,震災のパニックと悲劇の中で,それだけ冷静な判断を出来る一般人なんてそう多くはいない.1000人もの命を助けたレスキュー隊員達だったが,結果として残ったのは6000人を超える人たちを助けられなかったという事実だった.それでも,取り残された家族の中には今尚,レスキュー隊員達に強烈な憎しみを感じている者もいるだろう.
 この震災を機に,レスキュー隊員を辞めた者もいる.辞めずに仕事を続けた隊員たちは,このときの自責の念を今も胸にとどめて救助活動に従事している.

 見えそうで見えない震災の傷跡を,生々しく,圧倒的な迫力で描いたこの舞台.震災の惨劇も,一瞬の気の緩みで簡単に命を失ってしまう日々の活動も,涙なしでは見られなかった.舞台はテンポよく切り替わる.言葉一つの熱演で会場全体の涙を誘ったかと思えば,次の瞬間には人を卑下するでもなく下世話なネタに走るでもなく言葉遊びだけで爆笑の嵐が吹かせる.3時間弱の公演時間の中で,一瞬たりともスキを見せない脚本,演出,俳優陣の演技,音楽,どれを取っても最近見た舞台の中では頭二つくらい抜けて質が高かったと思う.
 折笠富美子さんの演技は相変わらず素敵だったけれども,今回の舞台に限っては役柄的にほかの出演者たちが圧倒的だったかなぁ.かといって,誰か一人の演技がずば抜けているわけでもなく,脚本も隊員全体にまんべなく配慮されていて,主人公二人を取り巻くレスキュー隊員,ひいては消防隊員全体のドキュメンタリーとして物凄くリアリティのある演目だった.

 定期的に公演をしているようなので,興味のある方は是非次の公演で観に行ってみて欲しい.今回の大震災と結びついて,考えさせられるところがあると思う.

P.S.シリアスなシーンで「白線流し」(大ファン!)のBGMを使うのは反則.

2011/02/28

The King's Speech (2010)

 「The King's Speech(英国王のスピーチ)」は2010年のイギリス映画.英国王のGeorge6世が,言語聴覚師のLionel Logueと共に自身の吃音症を克服していく物語.今年のアカデミー賞候補作品ということもあり,賞発表前の公開初日に劇場へ足を運んだ.
 前評判が非常に高く,評判の安定感では「The Social Network(ソーシャル・ネットワーク)」の上を行っていたと思うのだけれど,個人的には「The Social Network(ソーシャル・ネットワーク)」の方が断然好き.作品そのものは非常に良い作品だけれど,世界大戦の複雑な情勢下の,王室という極めて政治に近い場所をモチーフにしているにもかかわらず,政治的なリアリティが完全に削ぎ落とされてしまっていたのが残念だった.ChurchillやHitler(映像のみ)など当時の戦局を左右する大物が登場すれば,ドロドロした政治の裏側の描写も期待してしまうのだが,王室のイメージと政治の薄黒さを結び付けたくない意図もあってか,あくまで英国王の形式的な公務にのみ焦点を絞った描き方はちょっと物足りないものがある.国王の存在が,国民にとっていかに大きな存在で,支えになっているかということが強烈に伝わってくる反面,大戦下であっても国王の公務なんて高々その程度のものなのかという失望感もないではない.

 映画の良かった点を挙げると,舞台の作り込みとカメラの色彩がとても良かった.王室の豪華な一室から,街のいち聴覚師の庶民的な部屋の家具まで,細部へのこだわりが感じられる.その素材に歴史的な匂いを加える,くすんだカメラの色彩もとてもいいスパイスだ.現代の映像技術で20年位前の映画を撮ったような,ノスタルジーがあっていい.
 俳優人の演技も素晴らしい.吃音症という難しい役柄を上手く演じた(日本語の吃音症とは少し違うイメージも感じたけれど)Colin Firthも勿論だけれど,厳かなイメージの強いGeoffrey Rush(個人的に「Les misérables(レ・ミゼラブル)」の印象が強い)の優しい表情の作り方がとても良かった.

 最後に余談.主人公が吃音で話に失敗してしまうシーンや,その兄が弟の吃音症を嘲るシーンなどで,ケラケラと笑う観客が少なからずいたのだけれど,その感覚が理解出来ない.ウィットに富んだ笑いどころはほかに幾つもあったはずなのだけれど,デリケート且つシリアスなシーンでしか笑えない観客の浅さがショッキングだった.

2011/02/21

Die Fälscher (2007)

ヒトラーの贋札 [DVD]
ヒトラーの贋札 [DVD]
posted with amazlet at 11.02.21
東宝 (2008-07-11)
売り上げランキング: 40548

 「Die Fälscher(ヒトラーの贋札)」は,2007年公開のドイツ・オーストリア合作映画.アカデミー賞外国語映画賞を受賞した作品で,ナチスが主導した強制収容所のユダヤ人技師たちのポンド紙幣贋造作戦(通称ベルンハルト作戦)を題材にした映画.

 昨年,アウシュビッツ強制収容所を訪れて以来,しばらくホロコースト関係の映画を観たいとは思わなかった.というのは,自分自身がアウシュビッツで感じたことは,「ナチス=悪,ユダヤ人=被害者」という常識的な構図ではなかったからだ.勿論,ホロコーストの惨劇は実在しただろうし,ナチスの迫害政策は人として到底許せるものではないが,アウシュビッツの見せ方はどちらかといえば,歴史的に迫害され続けてきたユダヤ人達が自分たちの権利を必要以上に主張する政治的道具にしている印象が少なからず感じられた.戦争当時,ナチス党員の中にも善人はいただろうし,ユダヤ人の中にも犯罪者はいただろう.そういうミクロを完全に遮断して,善と悪との分かりやすい対立構造を必要以上に煽る歴史の語り方は,却って贔屓的な意味での人種差別を助長しているようにも見える.

 そんな折,先日,久し振りにMélanie Laurentが見たくて「Inglourious Basterds(イングロリアス・バスターズ)」を観直したら,どういうわけか物凄く面白かった.多分,一度観てグロテスクなシーンや過激な描写も先が見えているから,純粋に物語を堪能出来た,ということもあるのだけれど,それ以上に,善悪の対比で第二次大戦を描いていないところが印象的だった.

------------------------------

 余談が長くなったけれども,この「Die Fälscher(ヒトラーの贋札)」も又,ホロコーストの隠れたリアルを描いている.ユダヤ人を被害者として必要以上に美化せず,ベルンハルト作戦の失敗を必ずしもユダヤ人達の功績として讃えない.主人公は正真正銘,犯罪者の腕利きの贋造師であり,技術者たちは技術ゆえに,収容所にあっても人並みの生活に恵まれたのだ.しかし,柔らかい布団も,温かい食事も,作戦の成功なくして続きはしない.生きる為に従うか,高潔の為に死ぬか.「今日の銃殺よりも明日のガス室の方が良い」と頑なに生を求め,宿敵ナチスに媚びを売ってでも自分と仲間を生かそうとする主人公Sorowitschと,確固たる信念と家族への愛ゆえにナチスの作戦に加わることを拒絶し,反旗を翻そうと画策するBurgerの,同じユダヤ人の間の対立構造こそがこの映画の見どころだ.

 物語は,Sorowitschの心境の変化と共に大きくクライマックスを迎えようとするが,その勢いは終戦の一方と共に行くあてもなく拡散していく.結果的に,Sorowitschの意志によって技師たちは生き,Burgerの意志によって技師たちはナチスを斃したのだが,その根底にあったのはユダヤ人の美談ではなく,ジレンマに揺れた人間模様でしかない.生にしがみ付くSorowitchの仲間たちへの愛に溢れるシーンや,Burgerの気高い理想によって仲間たちが死の直前まで晒されるシーンも,善とは何か,悪とは何かを改めて問い質す.

 善と悪とに絶対的な境界線などなく,時代や場所によってその答えは刻々と変わる.況してや,境界線そのものが無いかも知れない.という,ごくごく当たり前のことをホロコーストという極限的な惨劇の中で描き出したこの映画は,紛れもなくリアルであり,ホロコーストを題材にした映画の中でも数ある指折りの傑作だと思う.

------------------------------

 最後に,二つばかりコメントを付け加えておく.一つは,この映画の贋造技師たちが美術の心得のある者たちで,KandinskyやらEgon Schieleやら当時の名だたる画家達の名前が物語の随所で散りばめられているのは隠れた楽しみの一つであるということ.もう一つ,「Inglourious Basterds(イングロリアス・バスターズ)」がバカ受けして,この映画がアカデミー賞を受賞しながら今一つパッとしない理由として,前者はコメディであり且つHitlerを虐殺するという“痛快”な結末があるからで,後者はBurgerの功績をあくまでユダヤ人の英雄伝として描き抜かなかったからではないかと思う.

Wall Street: Money Never Sleeps (2010)

 Oliver Stone監督の「Wall Street(ウォール街)」の続編として今年公開された「Wall Street: Money Never Sleeps」.公開初日に映画館に観に行ったところ,団塊の世代から氷河期世代の企業戦士を思わせる中高年が客層の大半.それだけ,前作の「Wall Street」が一部のサラリーマンには衝撃的な作品だったということだろうか.今回は,Lehmanショックの時代を舞台とした新しいWall Streetが描かれた作品.事前の評判は良くなかったものの,前作だってそれほど評判のいい映画ではなかったしその辺りは気にしなくていい.序でに,前作を観ていた方がプラスアルファで楽しめるシーンもチラホラある(例えばCharlie Sheenの登場シーンとか)が,知らなくても十分観られる映画.

 さて,この映画.何といっても音楽が抜群にいい.Oliver Stone,Craig Armstrong,どちらのセンスなのか,Brian Eno & David Byrneの「HOME」に始まり,80年代的な聴き心地のいい音楽が続く.エンディングの「This Must Be The Place」もラストシーンに溶け込んで希望を感じさせるテクノポップ.これら挿入曲一曲一曲のテーマも,(この映画に沿った)「人生」であったり「家族」であったりと,到底,金融の世界とは結びつかないようなあたたかいものばかり.最早,2000年代のハイブリッドファイナンス時代に逆行した,古き良き時代へのカタルシスすら感じさせる選曲だ.





 それもそのはず,そもそもこの映画は前作はもちろんのこと,「ハゲタカ」のようなファイナンスの狡猾な食い争いを描くというよりは,家族愛や人生観を問うた人間ドラマに近い映画なのだ.それ故に,Wall Streetのシビアな戦いを期待して映画館に足を運んだサラリーマンにとっては肩透かし間違いなしの映画なのだろうけれど,個人的には前作より圧倒的に今作押し.稼げるときに一気に稼いで引退するのがアメリカンドリームじゃない.恋人,家族,家庭,愛,尊敬,消費,ものづくり,そういう古き良き時代のアメリカンドリームを髣髴とさせることこそがこの映画の狙いだといってもいいのではないか.

 ファイナンスの面で言えば,悪役的な位置付けのC.S.社(明らかにG.S.を意識している)も裏表ともに生ぬるい代わりに,"Investment" Bankの名に恥じない硬派な商売を手掛けていて(それでもフュージョンだの新エネルギーだのも相当マユツバではあるけれど),いわゆるあくどいWall Streetのイメージを払拭させる意図も見え隠れする.主人公の母親が手掛ける中古住宅市場でも,投資としてではなく居場所としての家を象徴的に描き出しているのも,アメリカのサブプライム問題をこれ以上悪化させない為の心遣いというかキャンペーンというか.それでも,個人的にはコモディティも住宅もやっぱり最初から投機手段として見るべきじゃないと思っているので,この映画のコンセプトは嫌いじゃない.
 最後の最後はweb広告に全部いいとこどりされてしまうのは滑稽だけれど,情報が唯一無二の商売道具だという金融の本質を一貫してよく見せていたと思う.強いていえば,前半の風説の流布,株価操作を罰せられないようならアメリカの株式市場も相当ヘタレだなと思ったくらい.

2011/02/20

アルブレヒト・デューラー版画・素描展

 レビューを先延ばしにしていたら既に終わってしまった「アルブレヒト・デューラー版画・素描展」.年明け間もなく,浅草寺に初詣に行きがてら気まぐれで観に行ったのだけれど,これが想像以上に満足の美術展だった.Albrecht Dürerはドイツのニュルンベルク出身の,油絵,版画など広いジャンルの絵画を残した画家で,アルテ・ピナコテークや美術史博物館の作品は勿論,ニュルンベルクでDürerの家にも訪れた経験があり,個人的には割と馴染みの深い画家の一人だと思う.

 ただ,どうしても油絵に目が行ってしまいがちで,なおかつあまり彼の油絵に圧倒的な魅力を感じたことはなかったものだから,今回の美術展も話のタネに,くらいのつもりで訪れたのだけれど,科学の素養もあった彼のバックグラウンドゆえだろうか,人一倍緻密に描かれた版画や素描はアンティークの精密機械を観るような面白みがある.

 また,今回は欧州の美術展ではなくオーストラリアはメルボルン国立美術館からの作品が殆どで,却って知っている作品が殆ど無かったのもよかった.一番衝撃的だったのは,「マクシミリアン1世の凱旋門」で,49枚の木版画を繋ぎ合わせた高さ3mにも及ぶ版画なんてそうそうお目にかかれる代物じゃない.作品そのものは大きくても,部分部分の緻密さは相変わらずで,むしろ実物の建築を遠目に見るよりも目が肥えそうなくらい細部まで見応えがあった.

 Dürerに限らず,絵画というとどうしても油絵が王道,みたいに思ってしまいがちだけれど,この企画展はそんな思い違いを一掃させてくれるのに十分なインパクトを感じさせてくれた.個人的なところで言えば,自分は水彩にしても油彩にしても,昔から色を塗るのが滅法苦手なたちだったので,趣味で美術を再開してみるには版画や素描がいいな,なんてふと思ってみたりもした.尤も,それが老後になるのかはたまた結局思っただけで終わってしまうかは分からない.

バタイユ『マダム・エドワルダ/目玉の話』

マダム・エドワルダ/目玉の話 (光文社古典新訳文庫)
バタイユ
光文社
売り上げランキング: 177660

 映画「Before Sunrise(ビフォア・サンライズ)」の冒頭の電車のシーンで,Julie Delpyが読んでいるのがこのバタイユの『マダム・エドワルダ』.高校時代にバタイユがやたら好きな先生がいて,教科書を一度も開かずに数週間に渡ってバタイユのエロティシズムについて語ってくれたのはよく覚えているのだけれど,実際に読んでみるとなるほど凄まじくエロティックな作品.下手な官能小説よりも生々しく,それでいて美しいと言えるような魅惑的な一冊だった.

 特に,タイトルにもなっている「マダム・エドワルダ」は短編で,本にして30ページ足らずの作品ではあるものの,娼館で出逢ったマダム・エドワルダとの肉体関係を通じて,男女の境界線,人間同士の境界線,人と神との境界線を読者に問うていくような奇妙なストーリーは強烈なインパクトを残す.況して,仮にもキリスト教圏のフランスで70年も前に娼婦と神とを同一視するだなんて,あまりにセンセーショナルな作品だと思う.短い文章の中に凝縮された明確なエロティシズムと曖昧な人間観は,小説や映画で表現されるべきものではなく,むしろ絵画を通じて観るものに近い.まさに,読み終えた後の感触はといえば,物凄い迫力の宗教画を長い時間見続けた後のような恍惚感がある.

石原慎太郎『太陽の季節』

太陽の季節 (新潮文庫)
石原 慎太郎
新潮社
売り上げランキング: 13332

 現東京都知事,石原慎太郎の芥川賞受賞作品『太陽の季節』.昨年の青少年健全育成条例にかこつけて,石原慎太郎の過去の著作が一部で大バッシングを受けていたのをきっかけに読んでみた.尤も,自分もれっきとした一東京都民.彼の作品を読んでおいて悪いこともないはず.

 さて,昨今一部で浴びている批判の通り,物語の展開やキャラクターを見ている限りでは,著者の人間性を疑いたくなるくらいに酷い作品と言われても仕方ない.自分も,このストーリーそのものを受け入れられる類の人種ではない.しかし,そこに表現される若者の本質,悪意,時代性,苦悩はとてつもなく生々しく,主人公とまるでベクトルの違うはずの自分ですら頷いてしまえるほどに,心情描写は論理的であり巧みであると思う.20代の学生が書いただなんてとても思えない,芥川賞納得の作品だと思う.

 石原慎太郎が,この作品を是として書いたか非として書いたかは分からないけれど,時代性を勘案した上で,ある種の社会風刺だと思えば尚のこと価値ある作品ではないか.いや,今の時代でこそ(発表された当時の若者の実情を知ることは出来ないが)このストーリーはリアリティに満ちている.或いは,無意識のままに秩序を壊す現代社会に比べれば,悪意を持って秩序を壊す『太陽の季節』の方が人間的かも知れない.

加藤千恵『誕生日のできごと』

誕生日のできごと (ポプラ文庫ピュアフル)
加藤千恵
ポプラ社 (2010-09-07)
売り上げランキング: 99380

 Amazonでふと目について買った一冊.ごくごく普通の青春小説ではあるけれども,毎年の自分の誕生日だけを切り取って日記的に綴っていく構成が可愛らしい.構成ゆえに,物語はリズミカルに進み,読みやすいけれど,かといってその構成が物語の輪郭を鮮明にしているかといえばそうでもなく,やっぱり至って普通の青春小説.話題も基本は恋愛関係だけだし,時間と共に成長するというよりは硬化していくといった方が近い.文章や視点に特別なものがあるわけでもない.主人公の年代的には,高校生から社会に出るまでの時間を扱っているものの,どちらかといえば中学生あたりに人気が出そうな今風の小説だと思った.

 読むのが遅い自分でも,布団にもぐりながら一時間半くらいで読み終えてしまえるくらい,気軽に読める本なので,ちょっとした電車の長乗りや,どういうわけか眠れない夜なんかに手に取ってみるにはいい本.

2011/01/16

The Social Network (2010)

 ご存知,世界最大のSNSに成長したFacebookを題材にした映画.非常に高かったアメリカでの前評判を裏切らない,とても内容の濃い映画だった.脚本,演出,音楽,どれも一級品で,2011年の映画ベスト10は当確を出せる作品.今年最初の映画館での鑑賞だったけれど,個人的な趣味の相性もあって大当たりだった.

 世界一若い億万長者として知られる創設者のMark Zuckerbergが主人公で,Facebook創設から大企業に成長するまでのストーリーがポップに描かれる.主人公のZuckerbergは,自身の起こしたハッキング事件の汚名を返上すべく,SNSサイトFacebookを開設する.もともと大学のローカルサイト用にデザインされたFacebookはやがてアメリカ全土,更には世界中を広がった一大サイトに成長するが,そこには知的財産権の問題や金銭問題も混在していた.この映画は,そんなFacebookの表と裏をコミカル且つアップテンポに描き出した作品.

 まず,webサイトがテーマになっているにも関わらず,脚本が物凄く練られている.脚本で勝負していると言ってもいい.象徴的なのは映画のオープニング.ウェスタンすら感じさせる古ぼけた色彩の喫茶店で,お互い淡々と会話を切り返す男女のカップル.このシーン一つで十分見た甲斐があったと思える予想の裏切りっぷり.CGや派手な演出があるわけでもなく,あくまでプロットにこだわったDavid Fincher監督のセンスは流石.伊達に過去何本も名作を生み出していない.元々,Zuckerbergへの訴訟がネタになっているだけあって,色々な角度からFacebookを描いており,様々な問題をテーマにZuckerbergの個性的なキャラクターが着実に輪郭づけられていく.(自分も含めた)いわゆるオタクと呼ばれる人種にありがちな,一つのことに熱中するあまりほかの事に盲目になってしまう性格が一際色濃く描かれているあたりは,人によって物凄い共感を覚えるか,ある種の嫌悪感を覚えるか両極端かも知れない.

 ストーリーや演出については,自分のバックグラウンドを踏まえて,二つばかり魅力を書き留めておきたい.
 一つは,エンジニアリング的な面白さ.Facebook立ち上げの段階で,どういうプログラミング環境で,どういう設計をしたのか,大雑把ながらもコアなネタがところどころに織り交ぜられているので,その手の知識がある人が見たらワクワクしてしまうに違いない.実際のコードと照らし合わせて,Perlなら自分にも組めるな,ここでLinux導入か,Apacheを使っているのか,などなど勉強になる場面がチラホラ(必ずしも字すべてが幕に反映されていないので英語を聞き取った方がいい).ただ,「天才」みたいに描かれるZuckerbergの人物像とは裏腹に,Facebookは当然のことながら革命的な技術を用いているわけでもないし,斬新なアイディアに基づいて設計されているわけでもない(システム上のアルゴリズムはどうか知らないけれど).Zuckerbergがほぼ一人でサイトを立ち上げたという点が凄いのであって,ビジネスやマネジメントのセンスは寧ろ皮肉的に描かれている点も忘れてはならない.但し,広告を忌み嫌ってまで極限的にシンプルなサイトに仕上げた彼のデザインセンスは賞賛されるべき才能だろう.
 さて,ではFacebook成功の鍵はどこにあったのかという点が,もう一つの面白さだ.この映画から察する限り,どう考えてもFacebookの成功の鍵はSean Parkerとヘッジファンドだろう.ビジネス嗅覚のあるSean,Facebookを一大ビジネス化するタイミングも見事だし,スポンサーという名のヘッジファンドの出資をこぎつけたあたりも非常に優秀.加えては,エクイティ・ファイナンスに持ち込んで遂にはCFO解任にまで追い込んだヘッジファンドのやり方は非常にクレバー.知的財産の問題や権利上の問題といった法的側面も含め,面白みのあるファイナンスのケーススタディだと思う.強欲を絶対的な悪とし,M&Aをはじめとするファイナンススキームもメディア総出で叩きのめす,既得利権を守ることで精一杯な日本経済の,反省材料にすらなりそうなものだ.アントレプレナーシップを大いに刺激される映画だった.

 最後に,この映画で一番不意をつかれたのが,エンドロールのThe Beatles!エンドロールでBeatlesを使って来る映画なんてちょっと記憶に無い.俳優も若手中心,撮影技術も真新しいものは無い中で,実は一番お金をかけているのはこのBeatlesの版権だったりするんじゃないかと個人的には冗談半分で思ってみたり.尤も,最後に流れる「Baby you're a rich man」はポップに仕上がったこの映画にこれ以上無いくらいマッチしていて,実に美味しい.映画館からの帰り道,iPodに入っている(Beatlesは勿論全アルバム入っている)この曲をリピートして聴いていたけれども,この曲は最早Beatlesのものじゃなくこの映画のものになってしまったような気がした.

カンディンスキーと青騎士展

 三菱一号館美術館の開館第三弾企画展は,ミュンヘンのレンバッハハウス美術館からロシアの抽象画家Kandinskyを中心とした作品展.Kandinskyは「青騎士」と呼ばれる美術集会を結成し,彼の抽象画のコンセプトや理念を共有しており,レンバッハハウス美術館は青騎士による抽象画コレクションで知られる美術館である.
 実は,2年半前,ミュンヘンで余力があれば訪れようと思っていた美術館の一つではあったのだけれど,ミュンヘンは自分のドイツ紀行の中で唯一,不完全燃焼となった街で,というのもリコンファーム手続きの行き違いから,一日を情報収集と空港往復に費やしてしまった為だ.というわけで,元々,三菱一号館の企画展は一癖あるものが多かったのでアンテナを張っていたけれども,そうでなくても時間があれば行っていたであろう企画展だ.ただ,結論から言えば,正直,海外旅行先で時間を割いて郊外まで見に行くほど魅力的だったかといわれれば正直そうでもない.実際,レンバッハハウスは画家であったLenbachのアトリエであるその建物と庭園が見所のひとつとなっており,作品だけなら市内のノイエ・ピナコテークやアルテ・ピナコテークの比較にならない.

 さて,今回の美術展も青騎士の作品群は,個人的には抽象度が高過ぎていま一つ.抽象画が嫌いなわけではないし,面白みはある.インスピレーションは受けるけれども,何時間も何日も観続けていたいような絵は無かった.Kandinskyの絵で一番印象的だったのは,美術と私生活ともに長年のパートナーであったGabriele Münterの肖像画だ.抽象画の印象が強いKandinskyらしくない写実性が意外で面白かった.彼の抽象画の鮮やかな色遣いとは正反対の,淡い色彩も印象的だった.

 そして,もう一つ,今回の美術展で最もインパクトがあり,且つ引き込まれた絵は,他でもないLenbachの自画像だ.一度向き合ったら最後,目を逸らすことさえ許されないような圧倒的な迫力がある.繊細且つ濃厚な表情の画風とは裏腹に,顔以外の部分のタッチがやや荒めに仕上がっているのも,自画像の表情の存在感を一層際立たせることに一躍買っているようにも思う.今回の企画展最大の失敗は,この絵をレンバッハハウス美術館の紹介と併せて最初のフロアに展示していることではないだろうか.

モネとジヴェルニーの画家たち

 渋谷はbunkamuraザ・ミュージアムで開催されている「モネとジヴェルニーの画家たち」展.12月上旬,開会まもなく訪れていたのだけれど,積もり積もって今更のレビュー.
 ジヴェルニーはパリ北西に位置するセーヌ川沿いにある,印象派のMonetが晩年移り住んだ街である.バルビゾンのMilletほど知られてはいない(実際自分も知らなかった)と思うが,CézanneやBonnardはじめ多くの画家達がこの街を訪れたとのことである.特に,アメリカからの来訪者は非常に多く,このジヴェルニーでのコンセプトが広くアメリカに渡ったという背景があるようだ.この企画展は,Monetをはじめとするジヴェルニーの画家達の作品と,そのアメリカ印象派への影響をテーマとした美術展だった.

 尤も,最近の美術展の中ではあまり印象に残るものではなく,展示された作品からも衝撃的なインパクトは受けなかった.取り分け,ジヴェルニー地方の積み藁の絵と,水辺の睡蓮の絵が非常に多かったのも,美術展全体をモノトーンなものにしてしまっていた感がある.アメリカ印象派への波及という意味でも,Monetらジヴェルニーの画家達の作風がそのまま引き継がれているというよりは,広く印象派の画風が引き継がれており,MonetよりはRenoirの作風に近いのではないかという印象の絵もチラホラ.ただ,アメリカ印象派の絵画はジヴェルニーとの関係を無視してもいい絵が揃っており,庭園の鮮やかな色彩を点描で巧みに表現している作品が多かった.展覧会の顔の一つにもなっているRichard E. Millerの「水のある風景」やFrederick Carl Friesekeの「百合の咲く庭」などはその典型だと思う.

宮下奈都『田舎の紳士服店のモデルの妻』

田舎の紳士服店のモデルの妻
宮下 奈都
文藝春秋
売り上げランキング: 12817

 伊吹有喜さんの『風待ちのひと』とは逆に,都会に生まれ,都会で結婚した主婦が,夫の(これもやっぱり心の)事情で遠い田舎へ移り住んだ物語.ストーリーや表現方法はまるで違うけれど,『風待ちのひと』と裏表で同じテーマが描かれているように思う.ただ,こちらの作品は都会の生活だけでなく,田舎の生活まで存分に皮肉的に書いているあたりが面白いけれど,都会生まれ,都会育ちの主人公ならば田舎の生活の魅力より欠点が先に目に飛び込んでくるのが自然なんだろうなと思う.“田舎生まれ”の宮下奈都さんが,田舎を賛美するではなくこのあたりをリアルに描いているのは流石.ただ,これまでの彼女の作品のような若々しさを期待して読むと,最後まで期待は満たされない一冊ではある(自分も中盤くらいまでかなり違和感を感じて読んでいた).読み終わってみると,宮下奈都さんという作家が,予想以上にしっかり地に足をつけた人だという意外な発見がある.

 最初から最後まで,主婦視点での皮肉と説教が混じったような話が続く.「10年日記」と並行して,田舎での時間は着々と進んでいくけれど,その時間の中で彼女が見出していくものは,田舎の魅力ではなくて都会の虚構である.これまでの宮下作品の定番だった,「終盤にかけて自分の持つちからに気付いていく」という希望にあふれた展開ではなく,寧ろ最初がクライマックスでそこから着実に何かを失っていくような印象さえ受ける.それでも,夫や義父母,息子たちに対する思いや近所の人たちとの付き合い,元アイドルとの小さな浮気を通して,彼女が失っていったのは良いものばかりではないことに気付かされる.都会にありがちなうわべだけの人間関係や,嘘や自慢にまみれた情報からも遠ざかり,都会では絶対的に見えた息子の中学受験や友達選びさえ,それほど重要なものではないように見えて来た.

 物語は最後の最後で,少しだけ希望を感じさせて終わる.長い時間をかけながらも,価値観をしっかり見直せる主人公が,慧眼なのか,単に田舎に染まっただけなのかを判別する材料には乏しいけれども,主人公の「気付き」の時間はまだこれから始まるのだと思う.

伊吹有喜『風待ちのひと』

風待ちのひと
風待ちのひと
posted with amazlet at 11.01.16
伊吹 有喜
ポプラ社
売り上げランキング: 21257

 『四十九日のレシピ』がとても良かったので,同じ伊吹有喜さんの作品『風待ちのひと』を読んだ.都会での生活に挫折した男性が,故郷の街で一人の女性と出逢い,生きることの意味を取り戻していくストーリー.主人公の抱える問題のリアリティ,故郷の街を描く表現の美しさ,物語を舵取る絶妙な小ネタの数々.どれもとてもいい.Amazonで「宮下奈都」と検索すると,なぜか伊吹さんの作品が一緒にヒットする,という話は以前書いたけれど,何となく,共通の読者が多いような感覚が分かる.

 主人公の哲司は,心と家庭に問題を抱える中年男性.妻への劣等感,社会からの孤独感に蝕まれ,働くことの出来なくなったサラリーマン.そんな彼が,死んだ母の故郷で,それまで知らなかった母の姿,長い間触れることのなかった人と人との素朴な愛を見つけ出していく.全てを失ったように見えた主人公に隠れていた感性,センス,趣味の深さ,そういったものが田舎の生活の中で再び芽を出し,まわりに影響を与えていく.まわりの人間達もまた,それまで意識してこなかった自分の内面に気付き,主人公に影響を与えていく.使い古された言葉だけれど,人は弱い,一人では生きていけないんだということを改めて感じさせ,また人と支え合って生きていくことがどれだけ愛らしいものかを思い出させてくれる一冊.
 物語の舞台となっている,紀伊半島の海辺の街の雰囲気もとても生々しく伝わってくる.読みながら,潮風が芳しく感じられるほどに.海辺の街に吹く風のあたり心地,匂い,海や道端,庭の瑞々しい色,近くの食堂の懐かしい料理の味,レコードから奏でられるオペラの音色,まさに五感全てに訴えてくるような気持ち良さがある.

 この物語は,田舎に生まれ,都会で働く人にとっては物凄く心地よく,懐かしい作品だと思う.東京で働いている大半の人は,何かしら大事なものを見ないようにして生きているように見える.やがては大事なものが何だったのか,それすらも意識することがなくなってしまうだろう.会社での人間関係とはまた違う.結婚し,家庭を持つことで小さいながらも人と人との絆は得られるけれども,それが崩れたとき,大海のど真ん中に放り出されたような絶望感に襲われる,そんな感じじゃないだろうか.誰も自分をつないでいる糸は一本ではないけれど,日々の生活の中でその糸を見失ってはいけない.そして又,糸をもって人から支えられ,人を支える.そういうことが,読み終わった後に幸福感と一緒に残った.

有吉玉青『恋するフェルメール 37作品への旅』

恋するフェルメール 37作品への旅 (講談社文庫)
有吉 玉青
講談社 (2010-09-15)
売り上げランキング: 125332

 自分も,Vermeerの絵を見ることを数ある旅の目的の一つに掲げているので,書店で目に付いたまま買って読んだ.筆者のVermeer歴は羨ましい以外の何ものでもなくて,まだ観ぬ作品達への期待が高まった.とは言え,Vermeerや彼の作品に関して新鮮な情報やネタがあったとは言いがたく,内容も旅行記というよりは(言い方は悪いけれど)自慢話でとどまってしまっている印象だ.Vermeerの絵の説明についても一貫性に欠ける部分があるし,筆者の感想もいまひとつリアリティに欠ける.筆者ならではの見識や視点というものが見えず,どこかで聞いた理屈や感想を「ああ確かにそうだね」と確認するようなところがある.実際に筆者がそれぞれの絵にどれくらいインパクトを受けたのか分からないけれど,少なくとも文章からは,世間的に人気のあるブランド品を買い集めている程度の深さしか伝わって来ない.

 Vermeerに限らず,本当に物凄い絵を観たときというのは,それだけで本を一冊書けるような衝撃がある,ものだと思う.勿論,実際にそうするにはそれ相応の深い見識と自分なりの立場,研究の成果や表現力などが必要になると思うし,残念ながら自分は成し遂げられる自信がないけれど,その種の衝撃が,どの章からも伝わって来なかった.彼女がVermeerの作品が好きだということはとてもよく分かるので,人とは違う何かを感じているには違いないんだろう.それを如何にリアルに伝えることが出来るか,という技術の重要さを再認識させられる.仕事や趣味の世界での自分自身を反省する材料になった.

© Crescent Moon - Template by Blogger Sablonlari - Header image by Deviantart