2011/01/16

伊吹有喜『風待ちのひと』

風待ちのひと
風待ちのひと
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伊吹 有喜
ポプラ社
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 『四十九日のレシピ』がとても良かったので,同じ伊吹有喜さんの作品『風待ちのひと』を読んだ.都会での生活に挫折した男性が,故郷の街で一人の女性と出逢い,生きることの意味を取り戻していくストーリー.主人公の抱える問題のリアリティ,故郷の街を描く表現の美しさ,物語を舵取る絶妙な小ネタの数々.どれもとてもいい.Amazonで「宮下奈都」と検索すると,なぜか伊吹さんの作品が一緒にヒットする,という話は以前書いたけれど,何となく,共通の読者が多いような感覚が分かる.

 主人公の哲司は,心と家庭に問題を抱える中年男性.妻への劣等感,社会からの孤独感に蝕まれ,働くことの出来なくなったサラリーマン.そんな彼が,死んだ母の故郷で,それまで知らなかった母の姿,長い間触れることのなかった人と人との素朴な愛を見つけ出していく.全てを失ったように見えた主人公に隠れていた感性,センス,趣味の深さ,そういったものが田舎の生活の中で再び芽を出し,まわりに影響を与えていく.まわりの人間達もまた,それまで意識してこなかった自分の内面に気付き,主人公に影響を与えていく.使い古された言葉だけれど,人は弱い,一人では生きていけないんだということを改めて感じさせ,また人と支え合って生きていくことがどれだけ愛らしいものかを思い出させてくれる一冊.
 物語の舞台となっている,紀伊半島の海辺の街の雰囲気もとても生々しく伝わってくる.読みながら,潮風が芳しく感じられるほどに.海辺の街に吹く風のあたり心地,匂い,海や道端,庭の瑞々しい色,近くの食堂の懐かしい料理の味,レコードから奏でられるオペラの音色,まさに五感全てに訴えてくるような気持ち良さがある.

 この物語は,田舎に生まれ,都会で働く人にとっては物凄く心地よく,懐かしい作品だと思う.東京で働いている大半の人は,何かしら大事なものを見ないようにして生きているように見える.やがては大事なものが何だったのか,それすらも意識することがなくなってしまうだろう.会社での人間関係とはまた違う.結婚し,家庭を持つことで小さいながらも人と人との絆は得られるけれども,それが崩れたとき,大海のど真ん中に放り出されたような絶望感に襲われる,そんな感じじゃないだろうか.誰も自分をつないでいる糸は一本ではないけれど,日々の生活の中でその糸を見失ってはいけない.そして又,糸をもって人から支えられ,人を支える.そういうことが,読み終わった後に幸福感と一緒に残った.

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