2010/07/11

吉田篤弘『それからはスープのことばかり考えて暮らした』

それからはスープのことばかり考えて暮らした (中公文庫)
吉田 篤弘
中央公論新社
売り上げランキング: 14841

 今までの人生で食べた中で一番美味しかったスープは?と聞かれたら即答出来る.
 1998年の冬にカナダのトロントのホテルで食べた,パプリカのスープだ.適度なスパイスで素材の味を存分に活かし,食感ものどごしも抜群.パプリカそのものも相当いいものを使っていたはずだし,たぶん果物や他の野菜も細切れに入っていたはずだ.それまでピーマンは嫌いな食べ物の一つだったけれども,このスープとの出逢いが,ピーマン克服(どころか好きになる)の第一歩だった.
 母が料理関係の仕事をしている人なので,家族で食べた料理なら大抵は母が再現してしまえるのだが,残念ながらこのトロントには自分ひとりしかいなかったので,日本に帰ってきて以来,このスープの味に近いものにすら出逢えていない.学生時代に自分で試行錯誤して試してはみたものの,まるで求める味にはならなかった.

 それは余計な話.

 『それからはスープのことばかり考えて暮らした』.前回の『スコーレNo.4』に続き,表紙と帯だけ見て買ってしまった一冊.これが更なるヒット.気紛れで手にとったはずなのに,2回も10点満点(主観)が続くと流石にほかで不幸を疑いたくなる.

 作家の文体の漂わせる雰囲気なら『スコーレNo.4』の方が好き(勿論内容も大好き)だけれど,作品の世界観や価値観は,男性視点だからか,こちらの作品のほうが現実の自分に近いと思う.最近少し思うのは,映画にせよ小説にせよ,素敵な老人が登場する物語というのがとても心地いい.この物語では,ストーリーの中核を担う初老の女性がとても素敵で,思わずため息が漏れる.
 物語は,ただの失業中の青年が,時系列で5つ6つのモチーフから日常をつづっていくだけなのだが,その各モチーフが,実はつながっていたりつながっていなかったり,概念的に同じであったり同じでなかったり,このモチーフたちの間で切れるか切れないかの瀬戸際のような複雑ネットワークが辛うじて張られている,そんな感じ.

 人間関係の葛藤や裏切りも,(一般的な)恋愛の話題も,小説につきものなそういう人気トピックは遠いところにあって,スローライフな昭和臭にまぎれて美味しいスープの香りがぷんぷん漂ってくるよう.

 気紛れで選んだ小説が2冊とも,(ジャンルは違うとはいえ)司馬遼太郎の上を行くような自分好みの作品だったのに味をしめて,完全に小説志向になってしまった.朝の通勤時間,帰宅後のアフターライフ,やらなきゃいけないことから目を背けて,しっかり別世界に身を投じる生活が始まってしまった.
 歴史的にも文学的にも,それほど評価のある文芸は読まないかも知れないけれど,それでいい.読み終わったとき,自分の感性の透明度と鋭さがまた一つあがっていればそれでいい.

2 comments:

高橋 建太 さんのコメント...

ミクシィから参りました。
高校の同級の高橋と申します。
0谷先生の「感性の透明度と鋭さ」に感銘を受けました。お勧めの2冊、読ませていただきます!

Lune さんのコメント...

 HN…….とらドラを楽しめるお前なら止まらず読めると思う.
 いつぞや上野で会って以来だな.東京に帰ってきたので,今度ご飯でも食べましょう!

© Crescent Moon - Template by Blogger Sablonlari - Header image by Deviantart