2010/04/07

マネとモダン・パリ Manet et le Paris moderne

 4月6日に丸の内にオープンした三菱一号館美術館.その栄えある開催記念企画展の主役に選ばれたのはÉdouard Manetだったわけだ.企画展の存在を知ったのはそもそも東京に転居してからなのだが,昨年Manetを好きな友人と話をして以来,Berthe Morisotの肖像はオルセーで一番見たい絵画の一つとなっていたので,今回の巡りあわせはあまりにありがたい.
 本当ならばオープン初日に行きたかったのだが,初日は18:00までで,なおかつ仕事が19:00過ぎまで詰まっていたので断念して,2日目に満を持して入館.そもそも火曜日オープンという奇妙な日程がニクい.水曜日は20:00まで開いているので,まだ研修中ということもあり仕事が終わってから駆けつけても悠々2時間楽しめたのだった.

 さて,本題のManet.正直,「すみれの花束をつけたBerthe Morisot」以外は特に期待をしていたわけでもなかったのだが,なかなか深い美術展だった.

 この美術展で再発見したManetの強烈な個性が三つある.

 一つは漆黒.何といっても,Manetの絵にはほかの画家たちのそれより圧倒的に黒が多い.もちろん黒の中にも濃淡があるのだが,ほとんどの絵の必ずどこかに,混じりけのない漆黒が置いてある.まるでコピーのベタ塗りのごとく,絵を見た瞬間,人物の表情より何より先に黒に目を奪われる.

 二つ目に面白いのが,必ずしも3次元で奥にあるわけではない黒のモチーフを,割と先に塗ってしまっているらしい点だ.そうすると,輪郭を取るにも黒の上に別の色を置いていくので,まるで黒いキャンバスに絵を描いたかのような奇妙な印象を覚えるのだ.更に言えば,明るい色たちがまるで漆黒の絵の具に吸い込まれていくような気さえするのだ.
 特に,「すみれの花束をつけたBerthe Morisot」のように漆黒の服を着た人物を描いている場合,本来3次元では手前に見えるはずの腕や胸元が現実よりも奥まって目に映ったように思う.

 そして最後の一つが,一枚の絵の中でもタッチを明白に使い分けている点だ.混ざり切っていない絵具を牡丹雪のように置いた粗いタッチで描かれた舞台衣装と,それをまとう女性の,まるでシルクを思わせるような滑らかな肌.この気味の悪いほどのコントラストが,却ってManetの面白さを引き立てている.

 以上の三つの点が,Manetの「二次元」と呼ばれる魅力の本源ではないだろうか,と自分は思った.写実性や従来のリアリティを追究しようとすると,より立体的に,より細かく描きたくなる.しかし,実生活でものを見るとき,我々はそれほど3次元を意識しているだろうか.目をこらして流れゆく凝視しているだろうか.
 大抵の場合,経験的に何が手前にあって何が奥にあるかを知っているから,両目で景色を見ても,片眼で景色を見ても,一日の生活は何ら変わらず過ぎていくのだ.その意味で,よほど好奇心が強かったり観察力があったりするでもなければ,視覚世界は2次元で問題ないし,実際,3次元を2次元に潰してしまっていると言っていい.主観的な見方でしかないが,Manetが漆黒を早々に塗りあげることで,Manetの絵は従来の絵よりもより「平凡」で「リアル」な視覚的2次元の世界を再現しているように見える.
 また,一つのものに焦点を当てればほかのものは霞んでしまうものだ.例えば,「Lola de Valence」では舞台衣装のタッチの粗さと表情の繊細さのコントラストが,Manetの興味と視線の先を教えてくれる.ここに視覚的なリアリティがある.

 結局,Manetの絵には二つのブラックホールがある.Manetの視線の先と,漆黒の闇がそれだ.

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 最後に余談.開催二日目の丸の内ということで大混雑を予想していたが,ちょっとオシャレな丸の内の会社員とあたりの良さそうな老夫婦が来ていたくらいで,人の多さに疲れることは全くなかった.本企画展の目玉である「すみれの花束をつけたBerthe Morisot」でさえ,絵の前を3人くらいが入れかわりで流れていく程度.結局,自分は目的だったこの絵を30分くらい観察していたのだが(これはある意味Manetの個性と逆をいっている),その間,人の邪魔になるようなことはたぶん一度もなかった.先日の六本木のRenoirなんかより断然スゴい企画展のはずなのに,同じ平日で随分と違ったものだ.とはいえ,きっと今回も美術展が終わる頃には主催者側のPRも行きわたり,企画展はミーハーな美術ファンたちの大混雑に悩まされるのだろう(自分もミーハー側の人間ではあるけれども開催早々に時間を縫って駆けつけるくらいには一歩先を歩いていると思う).

 ひとえにマスコミの宣伝効果でもあり,日本人の浅さでもあり,ビジネスの余地でもあり,といったところか.企業人としてはこのビジネスチャンスを活かす側に加わりたいが,美術館が経営を続けられるのであれば,今日くらいの閑散さが自分には一番心地いいなと改めて思ったのだった.

 あとは,観客もさることながら,美術館そのものもまさに丸の内といったオシャレさがあっていい.洋館の内装だけを美術館風に整備して,各階のガラス通路からはパークビルのしゃれたお店と庭園が見渡せる.仕事帰りのちょっとしたデートにもいい.

2 comments:

yuka さんのコメント...

確か、「黒は使っちゃダメ」と黒田清輝に言われて反発した藤田嗣冶のことを思い出します。黒は墨の黒でもあるので、日本人にとっても大事な色であることを彼は忘れなかったようです。

多忙な中でも、絵画に映画・・都会での素敵な環境も十分に楽しんでおられるようですね☆

Lune さんのコメント...

 おお!なるほど!黒は墨の色かぁ…….愛着わいてきました.

 東京生活,近場のTSUTAYAがイマイチ使い勝手がよくないので映画は最近見ていないですが(GWには何本か見たい),美術展には精力的に行っています.今週末は六本木でボストン美術館展かな……時間ないかも…….

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