2009/09/04

Information Antenna #2

 こうした情報の錯覚は,情報リテラシーの欠如と単なる無知によるところが大きい.
 錯覚する側は,情報の盲目的な危険性を認識しないまま安直に情報を鵜呑みにしてしまう傾向に陥る.あるいは,未知のジャンルの情報に対しては,事前知識が無いために得てして疑う事に消極的になる.

 ただ,もう一歩踏み込んで考えてみると,情報の錯覚の大多数は,「受動的」に情報を受け取る場合に集中しているのではないか.

 例えば,歴史ドキュメンタリーのテレビ番組は,毎週ある年代のあるテーマを企画として選び,視聴者に情報や娯楽を提供するわけだが,その情報は視聴者が欲したものでもなければ,必要としているものでもない.こうして,受動的に他者から一見無作為に浴びせられた情報は,大抵の場合,予備知識のないものである場合が多く,不必要ゆえに改めてその妥当性を精査しようともしない.こうしてバイアスが出来あがっていく.

 ところが,ある情報を「能動的」に必要としている場合,人は多くの情報源から得た複数の情報を比較し,精査する.webが大衆化した今日にあっては尚更この傾向が強い.情報の必要性が高ければ高いほど,その信頼性の保証を求めるのももっともだ.

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 ただし,情報に対して能動的になれば良いだけかと言われれば,そうでもない.能動的に必要とする情報は,自分の知識や環境の内部で生じた問題に関するものであるはずなので,能動性だけでは新しい情報に対して閉鎖的になりがちだ.

 結局,新聞や報道といったマスメディアのように,総合的な情報の発信者がいて,気まぐれに無作為な情報をパルスのように与えてくれる事で,生活や文化が豊かになっていくという面は否めない.

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 突き詰めると,そうした大衆的な情報発信者にはそれなりに存在意義があって,ただ,その発信者を一つや二つという少数に絞ってしまう事は,とても危険だという事だ.取り分け,日本のマスメディアは各社足並みを揃えて世論や風潮を作りたがる傾向にあるので,複数を比較しても結局単一の方向から情報を色眼鏡で見せられている危険性も高い.

 こういった情報の性格を踏まえると,情報のアンテナを無数に張っておく事はとても重要だ.日本の新聞や報道はもちろん,海外の新聞,総合通信社,あるいは個人レベルでもブログやSNSといった情報源が多様化して来ている中で,如何に多くのアンテナを,太く張っておくかが鍵になっている.

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